新たな日常

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 「寄るな化け物!」  僕は勇ましい悲鳴をあげ、盛大にしりもちをついた。幽霊だった。どうしてこんなところに幽霊がいるのか、どうして僕に幽霊が見えるのか、皆目見当がつかなかったが、とにかく幽霊がそこにいたのだ。 「おっ、お前見えてる(・・・・)な!」  幽霊は嬉そうにそう言うと、半分水に浸かったまま音もなくこちらに近付いてきた。 「……なんで幽霊がこんなところに?」 「この前川で死んだら、川から出られなくなったんだ」 「死んだ? 事故で?」 「いや。色々あってな。どうしようもなくなって、気が付いたら自ら命を絶ってた」  僕は彼になんと言ってあげたら良いかわからず、ただ「はあ……」と言ってその場に座り直した。それが気に入らなかったのか、幽霊はわかりやすく眉間にしわを寄せた。 「それだけ?」    何か言って欲しかったらしい。 「すみません。『大変でしたね』としか」  他になんと言えというのか。 「まあ、実際それしか言えないわな。所詮大勢のうちの一人だし。――ところでお前、平日の昼間からこんなきったねぇ川で何してんの。学校は? 仕事は?」 「休講になりました。リモート授業の準備も整っていないので」 「なるほど。そういや世の中そんな感じだったな」 「その、オジサンは――」 「まだオジサンじゃない。顔色悪いから老けて見えるけど、まだオジサンじゃない」 「え、おいくつなんですか?」 「生きてたら40」 「オッサンじゃないですか。……でも、生きてたらとは?」 「俺今日誕生日なんだよ。今頃あらゆるSNSのプロフィールに『おめでとうございます!』って書かれてるし、カラフルな風船が歳の数だけ飛んでる。どうせ誰も祝わないけど。今頃俺のアカウントはどうなってることやら」 「それはせつない。でもまあ、おめでとうございます。地縛霊になって誕生日を祝われるなんて凄くレアですよ」  僕はそう言って幽霊に拍手を送った。乾いた音が鈍く高架下に反響する。端から見ればかなりの不審者である。 「ありがとな。で、そんなおめでたい地縛霊からひとつお願いなんだけど、俺の死体見つけて通報してくんない?」 「はい?」  唐突に放たれたイカれた発言に、僕はすぐさま拍手をやめてその場に凍りついた。 「無茶なお願いだってのはわかってる。でも偶然誰かが見つけた時に腐敗してたらと思うと気になって気になって。見つけさえすればたぶん成仏できる。ちょっと死んだ時の記憶曖昧だけど、大体の場所は覚えてんだ」 「嫌ですよ。そもそも、そんなこと気にするなら何で死んだりしたんですか。あなた結構真面目なタイプですよね? 冗談も面白くないし」 「生きてる癖に冷てぇな。実際、そこまで頭回んねぇんだよ。歯車がずれるって言うか、何もかもわけがわからなくなって、ごちゃごちゃした頭のまま、吸い込まれるように死んでいくんだ。それこそ、自分でも気が付かないうちに」  僕は返す言葉もなく、ただ苦い顔をして口を閉ざすしかなかった。 「頼む。やっと見つけた理解者なんだ。今冬だし、まだそんなに痛んでないはずだから」 「そんな、生ケーキじゃあるまいし……第一、川で死んだんだから、僕一人じゃ探しようがないでしょ。水の底にでも沈んでるんじゃ?」 「実は川で死んだわけじゃない。いや、まあ川っちゃ川なんだけど、もっともっと上流の方なんだな。山の中だから行くまでがちょっと大変だけど、お前でも行ける筈だ!」  幽霊はそう言って、力強く拳を握りしめた。その姿は実に滑稽に見えた。
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