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「でもあなた川から出られないでしょ? 1人で上流まで行って探せって言われても、その後ちゃんと落ち合えるかどうか」
どこにあるかもわからない死体を1人で探すだなんて話になったら耐えられない。きっと一生のトラウマになるに違いないのだ。
「俺にいい考えがある。そこに空のペットボトルがあるだろ? あれにここの水を入れて持ち歩いてくれたら、俺も移動できると思うんだよな」
幽霊の指さす方向には誰かがポイ捨てしたであろう汚いペットボトルが数本転がっていた。
「そんな馬鹿な。川に縛られてるんだから、水だけ持ち運んだって無理に決まってますよ」
僕は言った。正直、試したくもない。しかし幽霊の方はやる気満々といった様子で、死人とは思えない程に目を輝かせている。見捨てて帰れるほど薄情にはなれなかった。それに、もしかしたら小説のネタとして何か収穫があるかもしれないという淡い淡い期待も少なからずあった。
僕は渋々ペットボトルの方へ近寄ると、幽霊に尋ねた。
「ミルクティーとスポーツドリンクと天然水、どれがいいですか?」
「天然水だな。他のはベタベタしてそうだし」
自分から訊いておいてなんだが、死んでまでそんなことを気にするなと思った。
「じゃ、水入れるんで」
僕は川の中にペットボトルを持った腕を突っ込んだ。薄汚い川の水が入ったペットボトルは、まるで緑茶のような色になった。
「ほら、じゃあこの中に――」
そう言って川から目線を上げた時、そこにはもう幽霊の姿はなかった。
「よし、もう入ったぞ」
姿こそ見えないが、確かにペットボトルの中から幽霊の声がした。どうやらうまくいってしまったらしい。
「ガバガバなルールだなあ。で、どこへ向かえば良いんですか?」
「隣町にN山ってあるだろ? そこの川の近くなんだが。確か、Y駅から一時間おきにバスが出てた筈だ。行ってみようぜ!」
僕は無言でペットボトルをバッグに押し込むと、Y駅を目指して歩き出した。
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