誰もいない街

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「ところでお前、大学何年生だ?」  どれくらい経った頃だろうか、幽霊がおもむろに僕に尋ねてきた。 「3年ですけど」 「じゃあ、もう就活の時期だな。夢とか目標とかあるのか?」 心臓がどきりと跳ね上がるのが自分でもわかった。 「いや、別に……」 「何もないのか?」  まさか幽霊からこんな話をされることになろうとは。僕は少しの間迷ったが、幽霊に小説家になりたいが全く芽が出ない話を打ち明けてみることにした。  幽霊は僕が話す間、一言も口を挟まずにひたすら冷静に相槌をうってくれた。 「何で皆でせーので就活しなきゃなんないんだって感じですよ。自分のタイムリミットくらい、周りに左右されずにコントロールしたいじゃないですか。決まった時期に正社員で就職して、ジジイになる前に結婚相手見つけて子供作って、車も家も買って、子供の学費払って……それが常識的な生き方なんでしょう? 『小説なんて金にならないんだし、副業でやればいいじゃん』『定年後の趣味にすればいいじゃん』って、そんな生ぬるいもんじゃないんですよこの世界は!」  今まで誰にも打ち明けてこなかったせいか、僕は歩道橋のど真ん中で汚いペットボトル相手に独りみっともなくエキサイトしていた。対して、幽霊はどこまでも冷静だった。 「いやぁー、青いなぁ。そんな風に愚痴れるのも今のうちだぞ。それで、手応えの方は?」 「いや、全然です。公募とか投稿サイトのラノベコンテストとか、色々出してはみてるんですが。からっきしで。完結作品のアクセス数も0ばっかですし」 「一度、戦略を変える必要があるかもな。書籍化作家の話を聞いてみるとか、タダで感想や評価をくれる人に読んでもらうとか。ネットにはそういう連中いっぱいいるだろ?」 「何度もやりましたよ。そしてちゃんと言う通りにしてきた。でも、あんな奴ら――」  僕は吐き捨てるように言った。これまで散々見てきたSNSの投稿や自分に向けられた感想を思い出して、思わずイラっときたのだ。  実力はわかるが、その実力を軽く凌駕する程の大人げなさやいやらしさ、押しつけがましさに引いてしまう。僕の思い描く小説家の理想と大分解離していて、時折本気でぶん殴りたくなる。 「くたばればりやがれ」  気が付くといつもそんな言葉を吐いている。嫉妬かもしれないと思った時もあったが、おそらく違う。この本能的にわき出る嫌悪感は、「嫉妬」という安直で空っぽな言葉で片付けるべきではない。もっともっと強烈で、邪悪なものだ。 「そんなにストレスならやめちまえよ。ある日突然、溜め込んだ殺意が爆発しても知らねぇぞ」  幽霊は心を見透かしたかのように笑った。僕は一瞬だけ自分の感情について考えたが、すぐに意識を別の方へと逸らし、一方的に愚痴を垂れ流した。 「完結したら、どんどん忘れ去られていくんです。ブックマークも外されて、アクセス数も減って……そりゃ何百万、何千万文字と書き続けたくもなりますよ。完結させたらそこで終わるんだし」 「だからって、いつまでもずるずる続けるのか? 何の意味もなく」 「続けることに意味があるんです。どんなことだってそうでしょう? 続けたもん勝ちなんです」 「それは、どうかね」  時計を見るとバスの時間まで30分を切っていた。僕は依然として黒煙を吐き続ける工場に背を向けると、歩道橋の階段を下りて駅まで歩いた。 「こういうの、『拗らせてる』って言うんですよね」  そんなことを言ってみたりもしたが、幽霊は特に何も答えなかった。
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