十五、熱は死んでも治らない。

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 虎徹と杏奈は結婚して数年後、自分たちの店を構えた。  きっかけは虎徹がかなり年上の杏奈に、いつまでも元気でいてほしいと食事に気を配り出したことだった。  美味しくて、健康的で、身体の中から綺麗になれる料理を試行錯誤しているうちに品数が増え、これを自分だけで堪能しているのはもったいないと感じた杏奈が飲食店を出さないか提案したのだ。  もともと料理好きな二人はそんな経緯があり、現在レストランを営んでいる。  レストラン、と言っても堅苦しい雰囲気ではなく、気軽に立ち寄れるカジュアルなカフェのような空間。  虎徹と杏奈にとっては、店が子供のような存在だ。    虎徹が志鬼の運送会社を辞める時は、ずいぶん世話になっておいて勝手ではないかと罪悪感めいた気持ちが湧いたが、当然志鬼はそんな風に思うはずがなかった。  むしろようやく自分の好きな道を見つけられたのかと、一人前になった虎徹の姿を誇らしく感じた。  そしてそれと同時に、手塩にかけて育てた雛鳥が巣立って行くような、ほのかな寂しさと切なさが志鬼の胸に訪れた。  互いに別の場所で多忙に追われ、もう今までのように会うこともなくなるだろうと思っていたからだ。  ——にも関わらず、虎徹とはその後も頻繁に顔を合わせることとなる。  なぜか?  虎徹と杏奈の店は、なんと志鬼の自宅兼会社のほぼ向かい側だったからだ。  それを知った志鬼は、柄にもなく感傷に浸ってしまった自分がものすごく恥ずかしくなり、思いきり虎徹にげんこつを食らわせた。  今生の別れみたいな勢いで退職届を提出すんな!! と——。  そんなわけで、志鬼の家族や従業員は虎徹と杏奈の店で食事を取るのが習慣となっていた。 「てっちゃんのお店、明日また行くね!」 「おお、嬉しいな、いつもありがとうな! 」 「これはこれは皆様お揃いで……」  愛と話す虎徹の後方から、落ち着いた品格さえ感じられる声音が流れた。
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