十五、熱は死んでも治らない。

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 一目見て高価とわかるオリーブ色のスーツを着こなした痩せ型の紳士。  十年前と変わらない黒黒とした短髪と穏やかな垂れ目、しかしその眼差しの中には鋭さや冷たさの他に加わった何かがあった。 「おう、ソン、こないだうち来てくれてサンキューな。なんかやたら高いメニューばっか注文してくれたし」  近くに来た颯懍に気づいた虎徹は、身長差故彼を見上げるようにしながら少し照れくさそうに言った。  すると颯懍は、無言で良質なジャケットの胸ポケットを探ると、五本指の揃った手であるものを虎徹に差し出した。  まさか拳銃……!?  などと危惧する者はもうここにはいない。 「おいソン、虎徹を餌付けするんやめてくれるか」 「申し訳ありません、彼を見るとなぜか菓子を与えたくなる衝動に駆られまして」 「さすがの虎徹ももうそんなもん食ったりは」 「なんやこの飴ちゃん、やたら美味いな」 「って食ってるんかいアホーー!! やたら美味いって変な薬でも入ってたらどないするねんボケーーっ!!」  颯懍からもらった丸い飴玉をなんの疑いもなく味わう虎徹に、志鬼から盛大なツッコミが入った。  虎徹のお花畑脳は今も健在だったが、そのおかげで颯懍との一件は後を引いておらずわだかまりもない。  颯懍ははっきり口には出さないものの、虎徹に密かに感謝しているのだ。  かつての敵であり外国人である颯懍が騰の側近になる道は平坦ではなかったが、彼はもともと勤勉で努力家であったため、組員たちに認められるのもそう時間はかからなかった。  もちろんそれは才能だけではなく、以前颯懍が時代遅れと吐き捨てていた人情という騰のやり方を見習う技が成した結果でもあった。  この十年、ともに死線をくぐり抜けて来た。  騰を庇って負傷したことさえある颯懍に、今や文句をつける者など誰もいない。  虎徹とのやり取りを終えると、颯懍は背筋を伸ばした姿勢で足を進めた。   「元気そうやな」 「ええ、おかげさまで。志鬼殿もご健在のようで何よりです」  彼らしい含み笑いをしながら志鬼を横切ると、颯懍は騰の側で歩みを止めた。 「騰殿、恵殿を連れて参りましたよ」 「ああ、ご苦労だったな、ソン」
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