十五、熱は死んでも治らない。

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 颯懍の後ろにいたのは、2メートル級の巨体をねずみ色のスーツで覆ったスキンヘッドの男だ。  つやつやとした小麦色の肌も変わりなく、円な瞳はお気に入りのサングラスで隠れていた。 「この度はおめでとうございます、若」 「おお、お前にはずいぶん世話になったからな。東京支部の(かしら)になったらなかなかこちらには来れねえだろ、今日は無礼講で楽しもうぜ」 「そうですな、少し寂しいですが、若に恥じぬようがんばりますぞ」  恵は東京支部の責任者となる。以前の騰の地位だ。  そのため関西の総本部を取り仕切る騰とは、離れ離れとなる。  祝いの席に呼んだ恵を、颯懍が迎えに行っていたのだ。  ——不意に、騰の右手が上がる。  それを光の速度で察知した恵と颯懍は、騰の手が口元まで来る頃には煙管を差し出していた。  騰がやや指を開いてゆっくり手を上げる仕草は、一服したいとの合図なのだ。  ちなみにどこから煙管セットが出て来たのかは企業……側近秘密だ。 「……私の方が速かったですな」 「……おふざけを、私は胸の位置から判断しておりましたよ」 「それを言うなら私は腹の位置からわかっておりました」  騰を前に、煙管を持ったまま間近で視線をぶつけ合い火花を散らす恵と颯懍。 「ずいぶんと古い煙管をお持ちのようですね」 「若はこれがお気に入りなもので、おっと、付き合いの浅いソンさんはご存知ではなかったですかな」 「人が人を知るのに時の長さなどさして重要ではありませんよ、近頃の騰殿はこちらの新しいタイプの煙管を好んでおられます」 「それはあなたが勧められるので若が気を使われているのでしょう」 「昔にこだわるより様々なものを試してみたいのですよ、長くお勤めですのに騰殿の好奇心をご存知ないとは驚きですね」  颯懍はすっかり染みついた参謀根性……もとい騰限定の舎弟根性で今や恵と競り合うまでになっていた。
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