1000人が本棚に入れています
本棚に追加
千夜の手が、すがるように騰の背を掴む。
黒龍と蓮の華に、薄く、赤い、爪痕を残す。
「あ、ぐりにいちゃ、す、きっ」
「こんな時に“にい”はやめろ、なんかやりにくいだろうが……」
そんなことを言いながらも、必死に昔と変わらない呼び方と好きを繰り返す千夜に、騰は止まらなかった。
やがて千夜の身体が軋むほど強く抱きしめながら達すると、騰は余韻を楽しむように千夜の顔中に唇を落とした。
終わった後にこんな満足感を味わうのは、初めてだった。
もうこれを手離すことなど、きっと一度たりとも、できないだろう。
「……千夜、ここで俺と一緒に暮らさねえか?」
「……ほえ?」
「ほえ、じゃねえよ。お前を一人放っておくのは危なっかしすぎるんだよ」
まだ夢のような浮遊感の中、千夜はこだますような騰の声に胸を震わせた。
一夜限りでもよいと覚悟をしていたのに、騰が関係を続けたがっているのが明白だったからだ。
「あ……でも、あたし、仕事があるから」
「アァ? 仕事だぁ?」
「うん……がんばって、せっかくなれた、看護師だから。ここからだと、遠くて通えないし」
「……んだよ、せっかく俺が誘ってやってるのに、釣れねえな、オイ」
「あああ、あ、騰兄ちゃんの気持ちはすっごく嬉しいんだよ!? ほんとにっ!!」
これ以上は「私と仕事どっちが大事なの」という男が女に言われて一番面倒くさい台詞に近くなりそうなので、騰は仕方なく言葉を飲み込んだ。
騰とて何も千夜の意思を曲げたいわけではない。
「……わかったよ、とりあえず今日は俺が折れてやる」
そう言って騰は千夜の癖っ毛に指を絡めた。
見つめてくる違う色をした二つの目は、吸い込まれてしまいたいほど魅惑的だった。
「騰兄ちゃん……もう、一回」
「……バァカ、さっきまで処女だった奴が無理してんじゃねえよ」
騰は初めて目の前のことで頭がいっぱいになった。
それが今後、少なからずとも騰の野望を阻む障害になろうとは、この時はまだ知りもせず。
最初のコメントを投稿しよう!