プロローグ

5/19
前へ
/83ページ
次へ
 おさない頃、プールで溺れかけたトラウマを持つ私としては、水深云十メートルの深海にわざわざ潜りにいくなんてクレイジーとしか思えない。ノーテンキなこの男は完全に海に憑りつかれている。それか、ケンタロが潜水するときに背負う酸素ボンベの中に、何か中毒性のある物質がこっそり混ぜてあるのに違いない。  しかし、だ。  ダイビング明けのこやつは、学校で授業を受けているときよりも、物を食べているときよりも、いちばんいいカオをしている。 「そだ。これ、こずちゃんにあげるよ」  ケンタロが何か小さいものを私に差し出してきた。ストラップだ。黒くてつやつや光る石のような飾りがついている。綺麗だが、おかしな形だ。何かの生き物だろうか。のっぺりした逆三角形の体に、小さなふたつの角がにょっきり生えている。 「何これ。宇宙人?」 「マンタだよ」 「マンタ? 何それ」 「うーん……。平たく言うと、エイの仲間」 「ふうん。エイかあ」 「ただのエイじゃないよ。すげえ大物でさ、これを見たくてダイビングする人も多いんだから。大きいのだと九メートルにもなるんだ」 「へえ。あんたの六倍だね」
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

89人が本棚に入れています
本棚に追加