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おさない頃、プールで溺れかけたトラウマを持つ私としては、水深云十メートルの深海にわざわざ潜りにいくなんてクレイジーとしか思えない。ノーテンキなこの男は完全に海に憑りつかれている。それか、ケンタロが潜水するときに背負う酸素ボンベの中に、何か中毒性のある物質がこっそり混ぜてあるのに違いない。
しかし、だ。
ダイビング明けのこやつは、学校で授業を受けているときよりも、物を食べているときよりも、いちばんいいカオをしている。
「そだ。これ、こずちゃんにあげるよ」
ケンタロが何か小さいものを私に差し出してきた。ストラップだ。黒くてつやつや光る石のような飾りがついている。綺麗だが、おかしな形だ。何かの生き物だろうか。のっぺりした逆三角形の体に、小さなふたつの角がにょっきり生えている。
「何これ。宇宙人?」
「マンタだよ」
「マンタ? 何それ」
「うーん……。平たく言うと、エイの仲間」
「ふうん。エイかあ」
「ただのエイじゃないよ。すげえ大物でさ、これを見たくてダイビングする人も多いんだから。大きいのだと九メートルにもなるんだ」
「へえ。あんたの六倍だね」
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