55人が本棚に入れています
本棚に追加
むし
会社勤めの私は、ある重大なミスをしてしまった。
上司にバレれば間違いなくクビにされる程の大きなミス、しかし隠蔽しておくには会社にとってあまりにもリスクが大きい。
私は同僚のYに罪を擦り付けた。
私には妻子があり、家を買ったばかりでローンの支払いもきつい。
しかしYは独身、彼女や友人も居ないようで、カブトムシなどの昆虫飼育が唯一の趣味の身軽な男だ。
Yが話す内容と言えば、虫の話ばかり。この虫どう思うかや、珍しい虫がどうしたなど。悪い奴ではないが、気味が悪かった。
Yは「やっていない! 俺じゃない」とみんなの前で喚き散らした。
普段から気持ち悪がられているYに味方するものは誰も居なく、その後間もなくYは会社を去っていった。
半年後、Yが自宅で首を吊ったという話を風の噂で聞いた。
Yの死体は、飼っている昆虫達に食い荒らされ、散々な姿だったそうだ。
私は微塵にも可哀そうだと思わなかった。
私たち家族三人の為に犠牲になってくれて有難うと、ほんの一瞬思っただけで、Yの死など蟻を踏み潰した事と同じぐらいに、どうでも良い事だった。
ある日、5歳の娘の悲鳴が家に響き渡った。
急いで駆けつけると、台所の床に、人間の眉、眉、目、目、鼻、口が、バラバラに落っこちている。
誰かがさっきまでそこでふくわらいをしていた様な光景だった。
不思議に思って眺めていると、顔の部位のそれぞれが、カサカサカサッと凄い速さで冷蔵庫の下に隠れてしまった。
地面を這うあの動きはまるでゴキブリそのものだった。
その日以降、我々家族にとっては地獄だった。
家に居る最中、場所時間を問わず何処にでも〝部位〟が現れるようになった。
風呂に入ると天井を口が這いまわり、リビングに居ると壁掛け時計の陰から目が覗く。布団を捲ると眉毛が毛虫の様に蠢いている。
いずれも捕まえようとすると、家具の裏や隙間に逃げ込んでしまう。
深夜、トイレに起きると、廊下の床に顔があった。
いつものようにバラバラでなく、ふくわらい状でもない、明らかな顔。
Yの真顔。
それが段々と歪んだ泣き顔になり口が動いた。
「虫好き?」
私はYの顔を何度も思い切り踏んづけた。
眉、眉、目、目、鼻、口がぐちゃりと潰れ、足に柔らかい感触が伝わる。
すると、潰れた部位の中から、まるでゴキブリが卵鞘から、蜘蛛が卵嚢から幼虫が生まれるように何十匹の目、鼻、眉、口が床に飛び散ち、ワラワラと台所、リビング、寝室と部屋の隙間に隠れて行った。
その後、私たちは三度、引っ越しをした。
しかしどこに行ってもYの虫はついて回り、いつ日からか、寝ているとモゾモゾと身体の上を這うようになった。
私たちは完全に寄生されたのだろう。
妻は寝たきりになって数日後、体中の穴から蛆が沸き、娘は口から大量のゴキブリを吐いた。
今日も私は二人の亡骸に這う虫達に餌をやり、壁に貼り付くYの顔と笑って過ごす。
最初のコメントを投稿しよう!