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「現実逃避の妄想か……俺を勝手に悪者にするな。本物の悪は、ヒロト、お前だ」  お兄ちゃんは怖い顔のまま、低い声で静かに言った。 「ヒロト……よくもやってくれたな。まだ中学生だというのに、お前は末恐ろしい奴だ……今まで本性を見抜けなかったのが悔しいよ」  ぼくは声を出そうと口を開きかけたけれど、出来なかった。ああ、これが金縛りってやつなのか。 「お前が朝っぱらから一緒に散歩に行きたいなんて言うから、珍しいなと思いながらも同行したら……まさかあんな事を企んでいたとはな」  あんな事。そう、あんな事。 「どうしてだよヒロト」  お兄ちゃんの怖い顔が、悲しくて仕方がないと言わんばかりのものに変化した。……何かウケる。 「どうして……俺を投げ落としたんだ?」  ぼくはマサトを睨み、それから口の端で笑ってやった。 「答えてくれ! どうして!」  ぼくは息苦しさが和らいだのを感じた。 「……どうして、って」  お、声が出るぞ。  もう隠す必要はないもんな。よし、全部答えてやるよ、お兄ちゃん。 「どうしてって、そりゃあアンタが憎かったからだよ……邪魔だったからだよ!」  マサトの目が驚愕に見開かれた。ああ、ウケる。マジウケる。 「お父さんとお母さん……あのクソッタレ共は、アンタばかり可愛がる! いつも皆からチヤホヤされて、いい思いをするのはアンタばかり!  アンタに優しくされる度に、ぼくのプライドはズタズタにされた! 惨めだった!  アンタが生きてる限り、ぼくはこの先ずっとずーっと、日陰者だ。だから、ぼくの前から消えて貰う事にしたんだよ、永遠にね!  いやあまさか、あんな簡単に上手くいくとは思わなかった! ぼくが飛び降りるフリをして橋の欄干によじ登ったら、アンタ慌てて止めようとして自分もよじ登りかけて……ププッ! アンタの方が年上だから、ぼくより力もあるんじゃないかと心配したけど、杞憂だったね! アッサリ終わって拍子抜けだったよ! ハハハハハッ!」  マサトはわなわなと震え出した。両腕をゆっくり持ち上げたかと思うと、空気を掴もうとでもするかのように指を曲げ──ぼくの喉元に伸ばしてきた。  ああ、いいさ。殺したかったら殺せよ。可愛がっていた弟に命を奪われて、悔しいだろ? 憎いだろ?   ほら、早く締めろよ。締め殺せよ! 殺せ殺せ殺せ── 「殺してくれよ!!」  ふいに部屋の外が明るくなったかと思うと、勢い良く襖が開けられた。 「ヒロト、どうした? 大丈夫か!?」  お父さんとお母さんが、電気を点けたリビングから心配そうにぼくを覗き込んだ。ああ、眩しい。 「ヒロト、うなされていたのか?」 「大丈夫? 何か飲む?」  マサトは消えた。ぼくの金縛りも解けた。 「大丈夫」  ぼくは上体を起こしながら答えた。ちゃんと笑顔を作れていたかはわからない。 「大丈夫だよ」    薬、ちゃんと効いていないみたいだな。次に病院に行ったら、よく眠れないって相談してみたほうが良さそうだな。  ね、お兄ちゃん。  
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