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吐き出す息が白く見えるようになってきた頃、ぼくのお兄ちゃんが死んだ。
隣町で、橋から冷たい川に落ちて死んだ。
警察が自殺だと判断すると、お父さんとお母さんは、お兄ちゃんが通っていた高校でいじめがあったのではないかと訴えた。学校側はいじめを否定して、お兄ちゃんの交友関係はとても良かったと言った。お父さんとお母さんは信じていないようだけれど、ぼくは事実だろうなと思っている。
お兄ちゃんは文武両道で、手先がとっても器用だった。背が高くて、顔もそこそこ良かった。だからってひけらかさないし、明るくて優しいから、皆に好かれていた。顔はイマイチ、背は低めでちょっと太っていて、唯一の取り柄は他の子たちより力持ち、なぼくとは大違い。
勿論ぼくだってお兄ちゃんが大好きだった。お兄ちゃんは勉強を教えてくれた。物知りで、色々な話を聞かせてくれた。愚痴を聞いてくれた。友達よりも優先して遊んでくれた。一つしかないお菓子は譲ってくれた。お父さんかお母さんに叱られていると、庇ってくれた。喧嘩なんて一度もした事がない。とにかく優しかった。
ぼくはお兄ちゃんが、世界一大好きだった。
お兄ちゃんが死んでから、お父さんとお母さんは必要最低限の会話しかしなくなったし、笑わなくなった。二人共、平凡かそれ以下のぼくなんかより、お兄ちゃんの方がずっとお気に入りだったから、その分余計にショックが大きいんだと思う。
ぼくが二人を元気付けようとして、食事中に面白い話をしようとすると、お母さんは怒った。
「お兄ちゃんは二度と喋れないし、笑えないのよ?」
「その、ぼくはお父さんとお母さんを元気付けたくて──」
「お兄ちゃんが……マサトが死んじゃったっていうのに、あんたは何でそんなにヘラヘラしていられるのよ!? 嫌な子!」
ぼくが思わず泣き出してしまうと、お母さんは深く溜め息を吐いた。お父さんは両手に箸と空になった茶碗を持ったまま、電源の入っていないテレビをボーッと見ているだけだった。
ある日、ぼくは授業中に過呼吸を起こして倒れ、病院に運ばれた。お医者さんは、お兄ちゃんが死んだ事と、今の家庭環境が原因だと言った。
お父さんとお母さんは、泣きながら謝ってきた。
「あなただって辛かったのよね。気付いてあげられなくってごめんね」
「俺たちが不甲斐ないばかりに、すまなかった」
ぼくは白けた気分で聞いていた。どうせ二人共、未だにこんな風に思っているに違いないから──〝何でお前じゃなくてマサトが死んだんだ〟って。
ぼくはしばらく学校を休む事になった。家には同じく仕事を休んでいるお父さんと、パートを辞めてしまったお母さんがいるから、正直あんまり落ち着かない。だから基本的には部屋に引きこもっている事にした。
夜の一〇時頃に布団に入り、薬のせいかすぐに寝付けたはずだったんだけれど、途中で目が覚めてしまったみたいだ。部屋は真っ暗でほとんど何も見えないし、リビングからも明かりが漏れてこないから、一二時は過ぎていそうだ。
時間を確認するには時計を見なきゃならないけれど、そのためだけに布団から出て部屋の電気を点けるのは億劫だった。目覚まし時計はお兄ちゃんが死んじゃう少し前に壊れてしまって、新しいのを買って貰えていなかった。
今度はなかなか寝付けなかった。何度も寝返りを打ちながら、ぼくのこれから先の人生はどうなるんだろう、なんて事を考えていると……。
「──」
部屋の隅の方から、微かに声が聞こえた気がした──それも、ぼくの名前を呼ぶ声が。
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