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 足からふと力が抜けた。  何故先ほどは気づかなかったのだろう。ベランダにはサトルと思われる男性がうつ伏せに転がっていたのだ。  右手からは、血を流していた。  どうしよう。  どうしよう。  どうしよう。  誰がこんなことをしたのだろう。  強盗でも入ったのだろうか? 私が寝ている隙に? 侵入者に気づいたサトルは犯人と揉み合いになり、小指を落とす怪我を負った。──小指、だけだろうか? 今ここに倒れているサトルは、果たして生きているのか。 「サトル……?」  恐る恐る声をかけてみる。  けれど返事はなく、体はぴくりともしない。 「ねえ、ふざけてるなら……今すぐに起き上がって?」  自分の声がひどく嘘くさく、遠く感じられた。これは本当に私の声だったろうか。そもそも私は誰だったろうか。サトルとはいつからの付き合いだった?  ぐるぐると眩暈がして、私はその場にしゃがみ込んだ。  目線が変わり、血の気の引いたサトルの顔が見えた。生きているようには見えない。ざわりと背中を撫でた嫌な感触。恐ろしい何か。私は夢を見ているのだろうか。  何もわからなかった。  とりあえず落ち着こう。落ち着いてコーヒーを飲もう。先ほど淹れたコーヒーがまだ残っているはずだ。  私はなんとか立ち上がり、コーヒーメーカーのところまでのろのろと歩いていくと、震える手でマグカップにそれを注ぐ。コーヒーを口に含んでみたが、味がわからない。少しも落ち着かない。そうだ、もしかしたら侵入者は、まだ部屋のどこかに潜んでいる可能性もある。どうしよう。こんなことをしている場合ではない。 「警察……」  警察を呼べば良いのではないか。  駄目だ。呼んだからと言って今すぐに駆けつけてくれるわけではない。警察が来るまでの間に侵入者が私を襲ってきたら? 勝ち目があるだろうか? サトルがやられたのに。  誰かがこの部屋のどこかに潜んでいるかもしれないと思ったら、居ても立っても居られなくなった。  私は一つ一つの部屋を用心深く回り、誰かの影がないかを確かめる。  クロゼットの中、トイレ、浴室、観葉植物の物陰……隠れられそうな場所をそっと覗くが誰もいない。玄関の鍵は締まっていたし、ベランダも私が開けるまではきちんと締まっていた。ここには冷たくなったサトルと私だけしかいない。  安堵のため息が出る。  ──安堵?  いや、安堵など出来るはずもない。何故ならサトルは死んでいるのだ。誰もいないのであれば今度こそ警察を呼ばなければ。逆に私が疑われることになるのではないか。……そこまで考えて、ふと止まる。  私が、  サトルを殺したとは考えられないだろうか?  全身の血がざっと引いた。  そんな馬鹿な仮定がどこにあるだろう。  私が、サトルを? 何故殺す必要があるだろう。
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