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先ほど口にした、味のわからないコーヒーをまた嚥下する。今度はやけに苦く感じられて、私は顔をしかめる。一体何が起こっているのか理解出来なかった。
一度整理しよう。
朝起きたらサトルがいなかった。
ワイシャツが脱ぎ散らかされていたので洗濯した。
コーヒーを淹れた。
ベランダの窓を開けた。
洗濯が終わったので見に行ったら指が落ちていた。
ベランダにサトルが倒れているのを見つけた。
私達の他には誰もいないことを確認した。施錠はされていた。
ここから導き出される可能性は、一つしかない。
私がやったのだ。
私がサトルを、殺したのだ。
──そんな馬鹿な!
わけがわからない。
誰かが私に罪を着せようとしているのではないか。誰が? サトルが私以外の誰かと付き合っていたとしたら? その相手が私にサトル殺しの罪を擦り付けようとしていたら? 待って、サトルを殺す意味は何? 相手はサトルと別れたがっていた? だったら別れたら良いだけの話だ。冤罪など意味がない。
まるでわからなかった。
私はすっかり混乱していた。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
そうだ先ほど警察を呼んだ。いや、呼んだだろうか? 呼んでいない。呼ぼうと思ったが思いとどまったのだ。では誰だろう。誰が? 犯人? 私を殺しにやってきた? 何故?
もう一度チャイムが鳴った。
「宅配便です」
荷物が来る予定はなかった。私は疑心暗鬼に陥りながら、そろりと玄関に近づき、来訪者をドアスコープ越しに覗いた。
「お留守ですか?」
こんこんとノックされる振動。扉越しに犯人がいる? 私を殺しに?
ドアスコープ越しに見えた配達の男には見覚えがあった。
私は目を疑った。
「……サトル?」
サトルがそこにいた。
ではベランダにいるのは誰だったのだ。確かにサトルと思ったその人は一体?
反射的に思い切り扉を開けた。
そこには配達員の制服を着たサトルが、不審そうに私を見つめていた。
***
容疑者の佐々木サトルは自分を『ヨウコ』だと言っています。
被害者の名前を名乗ってるんです。ベランダで死亡が確認されています。通報した配達員の男性は……はい、軽症です。
ストーカーでしょうかね。そういった届は出ていないようですが。
私はヨウコ。
サトルのことを誰よりも愛している。結婚などしなくても良い。ずっとずっと傍にいるのは私だけなのだ。
私は目を瞑った。
目を瞑ればサトルが笑う。
(ヨウコ)
いつものようにワイシャツを洗濯して、コーヒーを飲もう。ベランダを開ければ気持ちの良い風が、吹き込んでくる。
私はヨウコ。サトルの恋人だ。
終
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