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「うーん…」
多くの調度品で飾られた部屋。
しかし決して見栄えを悪くすることない、絶妙なバランスを持って飾られた部屋。
部屋のテラスに置かれた白いテーブルとイス。
そこに座る1人の女性。
白銀の長髪を一つに結い、蒼い瞳は悩ましげに空を見ていた。
アグニカ・エル・ウォーブルグ。
古くからあるこのルダイト王国に国家創立時代から仕える由緒正しき一族。
彼女はその一族の本家の長子であり、長女である。
そして将来、ルダイト王国国王位第1継承者である、
アレクシオ・ジン・ルダイトの王妃となる婚約者。
決められた婚約者であるから、と険悪な雰囲気になることはなく。
「エル」「ジン」とミドルネームで互いを呼び合うくらいには仲の良い2人だった。
「うーん……」
現在、ルダイト王国王妃として国王を支えられる様にと家柄を存分に使い教育されたその頭脳をフルに使い、彼女が考えていること。
それは、第1王子である、ジンとの婚約について。
別に不満がある訳じゃない。
幼い頃から一緒にいた彼に特別な感情は抱いているし、いずれこの国を導いていく彼の支えになりたい。
事実、支えられるとも思っている。
「うーん……」
しかし、なにかが違う気がする。
支えること自体は王妃でなくともできるはず。
自分の実力ならばこの国初の女性宰相にだってなれる。
そのくらいの力はある。
じゃなくて。
そうじゃなくて。
あぶない。
頭が混乱してきた。
心を落ち着かせるために紅茶をひと口。
そして、彼女が考えていることがもう一つ。
自分が他人とどこかズレている、ということ。
国民との金銭感覚とかではなく。
どこか自分はズレているという明確な感覚。
この感覚のきっかけは覚えている。
幼少期の時だ。
その時のことはよく覚えている。
その時はちょうど7歳になり、王宮でジンとの初めての顔合わせが終わった後だった。
さぁ家に帰ろう、というときに私をここに連れてきてくれた父がいないという事態。
いなくなった父を探したいのと、まだ見ぬ王宮に探究心が疼いたのとで何故だかテンションがハイになって。
従者も置いて駆け出して。
王宮を探し回ってようやく見つけた父。
運が良かったのか悪かったのか。
ちょうど父と国王が話しているところに出会した私は、近くの柱に隠れて様子を見ていた。
私の父はウォーブルグ家に恥じないどころか、一族きっての天才児だった。
長らく一族から出なかった宰相にまで上り詰めるほどの実力を持った人であり、私が宰相に憧れを持っているのも父の存在が大きい。
そして、16歳から入る王立学園で現在の国王と出会い、宰相への道を歩いて行った。
そんな父を国王が懇意にしない訳もなく。
王宮に来たことはなくても、父と国王の仲の良さは私もよく知っていた。
だから今回のことも2人の仲の良さを目の前で実感したという感想でしかなく。
話が終わったら父に話しかけに行こうと待っていた数分後。
ようやく終わったと、父の元へ行こうとしたとき。
国王が父に…せ、せ、接吻を……
そこで私の記憶は途切れている。
目覚めたときには、私はもう家の自室にいた。
父は母と若く結婚したため、まだその時は30歳もいっていない頃だった。
父と同い年である国王も同じ。
父も国王も見た目麗しく、学生時には相当ちやほや言われていたらしい。
当時のアルバムからも、私の目から見ても2人は相当綺麗な顔立ちをしていた。
白銀の髪に蒼い瞳の父。
大海の青か、大空の青か。
父のあの瞳は相当令嬢を魅了したに違いない。
対して国王は金色の髪を下に結い、赤い瞳をしていた。
当時の第1王子という肩書きを抜かしても、彼は全てを虜にしたんだろう。
あの接吻はただの親愛かもしれない。
何かの拍子にたまたまそうなってしまったのかもしれない。
けれども、そうとは思えないあの時の光景。
あの光景を見た時の高揚感に、私はまだ名前をつけられていない。
それどころかたまにあれほどではなくても似た高揚感を感じることがあった。
そんな事を思い出し考えていたのは、ちょうど、ちょうど明日。
私やジンが件の王立学園に入学する日だからだ。
もうすぐ入学だと心浮かれていた時に、この記憶が蘇ってしまい、処理ができなくて困っていた。
いや、今も困っている。
この高揚感の問題がまた浮上してしまう中、前から聞いていた平民の特待生について考えたいこともある。
…もう頭が破裂しそうだから寝ましょうか。
このままだと髪を振り回したくなる衝動に駆られそうだ。
全ての問題を明日に放り投げて、アグニカは、寝た。
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