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彼らの父、月光の逃亡者(2017年11月 天皇賞の戦い)
「どのお馬さんが、はやいかなんてわかるの? みんなおなじに見えるよ」
その言葉を耳にしてしまった競走馬たちは表情を変えた。過酷な練習に耐えてきた我々になんてことを言うんだと思ったのだろう。
つまらなそうな顔、落ち込んでいる顔、子供を睨む顔、何も聞こえなかったふりをする顔のなかに、頬や口元を緩めた顔があった。
その通りだねと思っていたのは、緑の覆面をした栗毛牡馬である。
彼は、深呼吸しながら表情を戻す努力をした。そして念じるように自分に言い聞かせた。いつも通りにやろう。練習は本番のように、そして本番は練習通りに!
程よい緊張感を取り戻した栗毛馬は、小さな声で喉を鳴らした。
『栴檀双葉と大器晩成…どっちを警戒すべきかな?』
それは馬が見せる仕草だった。普通の人なら気に留めないものだが、騎乗している男性は返事をするように独り言を口にした。
「どっちも気にならないよ。なにせ僕は…超ド級の馬に跨っているからね」
その答えを聞き、栗毛馬は嬉しく思った。
何となく呟くと何気なく答えを返してくれる。こんなことができるのは、この騎手と、牧場にいるオーナーの娘くらいなものである。
『もう、安直すぎるよ…』
「今日も頼んだよ、ドドドドドドドドド」
『僕の方こそお願いね。武田三四郎さん』
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