彼らの父、月光の逃亡者(2017年11月 天皇賞の戦い)

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 間もなく、栗毛馬ドドドドドドドドドは、この東京競馬場のパドックからゴールを見据えていた。  彼は450キログラムの小柄な競走馬だ。物覚えが悪かったため、2歳ではデビューが間に合わず、3歳では勝ちたいと思う気持ちだけが空回りしてムラのある走りばかりしていた。今の武田三四郎騎手と出会ったのは、そんな自分の力に限界を感じていた時だった。 ――君に乗ってみて思ったよ。もしかして、悩みがあるのかい?  武田騎手は変わった男だった。まるで語り掛けるかのように、ドドドの走りに感想を残してくれる。いつの間にか彼も武田に返事をするようになっていた。 『変わった人だなぁ。普通は、馬に話しかけようなんて思わない』 「そうかな? 感想があった方が分かりやすいし、おもしろいと思わないかい?」 『おもしろい…か。僕のように特徴がないと言われるよりはずっといいね』 「いや、君は一生懸命に走りすぎている。力を抜くことを意識してみないかい?」 『本当に変わった人だ。でも、それが武田さんらしさ…なのかも』 「ありがとう。君は自分が思っているより、ずっと魅力的な競走馬だよ」  何度も感想を言い合ううちに、ドドドは気づいた。 『武田さんはただの変わり者じゃないな。誰よりも僕らを知ろうとしているから会話ができるんだ。この凄い騎手を多くの人に見てもらいたい。どうすれば、みんなが注目してくれるだろう?』  ドドドに心境の変化は、やがて脚質という形で現れるようになった。  逃げという戦法を駆使した彼は負け知らずとなった。1月の重賞戦である京成杯を制し、続いて長山記念を快勝。弾みをつけたドドドは、春の天皇賞、宝塚記念と日本を代表するG1戦を連取。名実ともに最強馬へと続く道をひた走っていた。
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