いつか君が泳げるようになったら。

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いつか君が泳げるようになったら。

そっと足を水に浸す。 「もう、泳げるんだね。」 おもむろにそう話しかけられ、顔をあげる。 「あぁ…」 自分の事だと少し経ってから気づいた。 私からすればもう泳げることが当たり前になっているが、 気にも留められていないような部員の事である。 彼からしたら昨日今日泳げるようになったとでも思っているのだろう。 少しだけ頷いて、彼の日の光のせいで色素の薄く見える瞳を覗き込んだ。 彼は今、どんな風に思っているのだろう。 怪我をしたライバルの生徒は放っておくくせして、あまり泳ぎが得意ではなかった幽霊部員を追いかける彼。 口角を少し上げて言葉を続ける。 「ありがとう。心配してくれて。」 「いや、この頃居ないなぁって思ってたから。」 「学年でも指折りのイケメンにそんなふうに思って貰えるなんて嬉しい限りですね」 さも嬉しそうに意味もない言葉を吐いてみる。 彼がイケメンだと噂されているのは本当のことではあるし、 上級、下級生問わず老若男女人気があるのも確かだ。 普通の同級生ならこんな事も思うだろう。 まぁ、《普通の同級生》ならばの話だが。 「いや、俺は部長だしそのぐらい当然だよ。」 「そう……?今年の部長は去年の人より熱心っすね。」 「やめてくれよ、噂かなんかで先輩に届いたらどうするんだよ〜?」 と、心配そうな素振りを見せるくせに否定はしないのが鼻につく。 彼の噂を立てるのは鉛筆を削るより容易い。 今の反応からしてそれは本人も解っているよう。 そう、それが嫌いだった。 自分は何をやっても許されると思っている感じ、 そしてそれらを許してしまう教師、生徒、もとい世間。 「それで傷つく人なんて居ないでしょう、事実なのだから。」 目の前の彼が照れながら困ったような笑いを浮かべるのを確認すると、 仮面のように貼り付けた笑みをそのままに私は言葉を続けた。 なぁ?そうだろう? お前はこうやって言ってくれる人を求めているんだろう? 私の心は荒んでいる。 ずっと。あの時から。
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