月の光

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 また、あいつがいた。  このマンションには、今は明南大(明南大学の略称)の学生しか住んでいないと昨年大家に聞いた為、明南大の学生なのだろうが、学校内で見かけたことはなく、ただ、エレベーターで一緒になる事がやたら多かった。  エレベーターが1階まで降りてきて、空になった箱の中に、俺とあいつと、あと男女二人が入った。  男女はカップルらしく、扉の前辺りで女は男に肩を抱かれてなにやら楽しそうに話していた。俺は奥の壁にもたれて立ってふと横を見ると、あいつは左奥の角でリュックを両手で抱えて立っていた。  2階を通過した時、ガタンと音がしてエレベーターが止まり、全ての電気が消えた。  「えっ、何?」 「大丈夫だよ、停電か何かだろう?」 女が戸惑っていたのを、男が優しくおさめた。少しして暗闇に目が慣れてきた時、隣から声がした。  「すみません。手をつないでいいですか?」 俺は左を向くと、あいつがこちら辺りを見ていた。  「えっ」 「夜盲(やもう)なんです」 「そう、すか」 小さく申し訳なさそうに言ったあいつの手を俺はそっと取り、握った。  「ありがとう」 「いえ」  指が長く、男のそれにしてはきれいな手だった。少しして、俺はあいつに聞いてみた。  「あの……夜盲って何ですか?」 「暗いところで何も見えなくなる症状のことです。普通は目が慣れて多少は見えるものらしいですけど……」 「そう、ですか」 少ししたら電気がつき、大きな音がして、エレベーターはゆっくり動き始めた。  「ありがとう、ございました」 と笑ってあいつは手を離した。俺も手を離すと、5階で降りていくあいつの背を見送って部屋に帰った。
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