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僕は、泣きながら謝りに行った。ねずみのお婆さんは優しくて、僕を許してくれた。
だけど、さっき持ち上げられた首の感覚がまだ残っていて、怖かった。
さっきの場所に戻ると、狼は木箱に胡座をかいて、口から煙を吐いていた。
「よぉ 随分早かったな」
「・・・次からは・・・ちゃんとお金払ってねって・・・」
「檻にぶちこまれないだけ良いと思え。」
苦くて煙たい香りが、ズビズビと鳴ったままの鼻にまとわりつく。
「あんまり吸うなよ。」
「うん・・・あ・・・あの・・・」
僕は、さっきの恐怖を拭いきれないまま、狼に話しかける。
「・・・ありがとう・・・ございました・・・」
狼は、震える僕を横目でジロッと見ると、小馬鹿にしたように笑った。
「仲間は いらねーんだよ。」
「・・・え?」
唖然としていると、狼は、分厚い手で僕の肩を引き寄せた。
「狼さ・・・」
「黙ってろ。」
狼の目が、ギラリと光って突き刺さる。首のあたりがまたドクンと痛くなって、一気に恐怖が増した。
カション・カション と、金具の音が近づいたかと思うと、狼の真後ろで停止した。
「よぉ 巡査。相変わらずシケた面だな。」
『舐めた口を聞くな ジェーン・アルドル。あと一週間で猶予期間が終わることを忘れるな。』
「わぁってるよ。逃げたところでお前さんトコの遠隔リモコンでドカンだ。なんなら街まで行って、あの時みたいに道連れたっぷり用意しようかw」
『ふざけるなっ!理由はどうあれ貴様がやったことは大量殺戮だ。今のうちに教会で懺悔をするんだな。』
「いいね。じゃあ神聖なレンガ造りごとぶっ飛ばしてやるよwww」
何回りも大きい毛むくじゃらの体からは、独特な匂いが立ち込める。最後のあたりは詳しく聞き取れなかったが、きっと子どもが聞いてはいけないことを話しているような気がした。
カション カション カション さっきよりも大きな音で、硬い音は遠くへ行ってしまった。無意識に狼の顔色を伺おうとした時。
「!!!」
小さくて 変な機械が埋め込まれた首輪と、炭で焼いたようにこびりつく3桁の番号。
「・・・・・・」
ガタガタと震える振動を、狼は読み取ったらしい。尖った爪で、カツカツと首輪を叩いた。
「もうじき首が吹っ飛ぶ。」
「そいつは、ずっと『狼が来る』って、嘘つきまくってた。だから、本当に狼が来るなんて思ってなかったんだろうな。」
嘘をついて 最後には本当に狼に食べられてしまった男の子・・・あの話は、本当だったんだ・・・。
「まだお前ぐらいだったから、10年後に殺しましょうって。村人何人か喰った奴を大人になるまで野放しとは、物騒な話だ。」
世間話のように恐ろしい話をする狼の横で、僕は震えながらクッキーを食べた。
「お前は?」
「へっ・・・!?」
アイシングがボトッと落ちる。情けない声を出した・・・と思いながら、僕は怖々 狼を見る。
「こんな時間に1人でほっつき歩いて 普通の家じゃねーだろ。」
「・・・お兄ちゃんたち お前がいると面倒だからって・・・」
「親は?」
「お母さんだけいる。でも、いつも夜まで働いてるし、お酒飲んでるとき、僕のことはあまり好きじゃないって・・・。」
「ほう?」
「・・・お兄ちゃんたちと違って・・・何も出来ないから・・・。」
面倒なことに巻き込まれたと思っているのだろう。狼はチッと舌打ちをしてタバコを落とし、かかとでもみ消した。
「帰る場所はあるのか?」
「あ・・・お兄ちゃんたちが寝た後だったら・・・裏口から入る・・・」
「そうか。」
目を合わせないので、当然表情も分からない。狼は、ただ滾々と流れる川を眺めていた。
「じゃあな 厄介な時間になる前に戻んな。」
狼は、のそっと立ち上がった。僕が小さいせいで、狼は余計に大きく見える。
「・・・厄介な時間?」
「夜になれば 行き場も理性も失った怪物のたまり場になる。
お前はそいつらにとっちゃ 絶好の獲物だ。」
真っ黒い毛並みは、紺色の空に溶け込んでいる。怖い思いをした直後だからか、この時の僕はいくらか素直だった。
「・・・ここに住んでるの?」
「知って何になる。」
「・・・また・・・ここに来ても良い?」
「勘違いすんな。あたしは領主じゃない。お前がいつ来ようがお前の勝手だ。」
狼は、乱暴に吐き捨てて、ボリュームのある汚れた尻尾ごと消えていった。
僕の足元には 食べ損ねたアイシングと 微かに苦い煙が残っていた。
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