右腕

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「X」  もう一度呼びかけてみると、Xは僅かに息を荒げながらも頷く。意識が戻ったのは間違いないようで、ほっとする。スタッフたちがXの頭につなげられているコードを外している間、Xはぼんやりと天井の辺りに視線を彷徨わせていたが、その作業が終わった時点でゆっくりと左の腕を上げる。左の手首と右の手首を繋ぐ手錠に引きずられるように右腕も持ち上がるが、何か……、様子がおかしい。  持ち上げた左手を握って、開く。右手はそのまま、だらりと垂れさがっている。単純にXが動かしていないだけならよかったが、おそらくそうではない。 「……X。右腕、動かないの?」  私の言葉に対して、Xはこくりと頷く。先ほどまで苦痛に満ちた悲鳴を上げていた人物とは同一人物と思えぬ、酷く凪いだ顔つき。自分の腕が動かないことなど、さして気に病んでもいない、ようにすら見えてくる。  けれど、きっと、そうではない。そうではないのだ。 「Xの腕がおかしい。すぐにチェックして」  医療スタッフに指示を飛ばし、Xが隣室に運ばれていく。それを見送って、私は先ほどまでXが横たわっていた寝台に寄りかかる。  あれは、完全に私の判断ミスだった。あの時、もはやXはまともな判断を下せる状況に無かったのだから、ああなる前に私がXを引き上げるべきだったのだ。しかし、私は少なからず「その先」を見てみたいと思ってしまった。Xが見ている世界の、その先を。  だが、そんな状態に追い込まれたXが何も感じていないか? そんなことはない。私たちが人間扱いしていないだけで、彼だって人間だ、何も感じていないわけがないのだ。ただ、それを面に出すことを諦めてしまっているだけで。伝わったところで意味がないと、自分自身で思い極めてしまっているだけなのではないか。  こうしている間にも、ゆっくりと、Xの中では何かが削り落とされているのでは、ないか。そんな風に、思うのだ。
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