3人が本棚に入れています
本棚に追加
ベッド脇のガウンに袖を通し、ベッドサイドテーブルから懐中電灯を取り出す。「じゃあ、行ってくる」
ベッドの中から聞こえたのは、気を付けて、の声ではなく、早く行きなさいよ、と言いたげに鼻を鳴らす音だった。
きいきい。ききい。
きいきい。ききい。
ジョージは廊下の灯りをつけ、階段の灯りをつけ、リビングの灯りをつけた。
その灯りに、こざっぱりと整頓された部屋が、壁にかかったいくつものパッチワークのタペストリーが、棚の上の子供たちの写真が浮かび上がる。
パッチワーク。
――これを仕上げるのに、半年はかかりましたの。
エレン主催のお茶会に呼ばれ、しぶしぶ付き合いで顔を出したご婦人方を前に、早く帰りたい彼女たちの顔色にも気がつかず、得意気にここの模様合わせはどうで、ここの縫い目はこうで、と熱弁を奮う彼女の姿を思い浮かべる。その場をゆっくり立ち去りかけたジョージにエレンは言う。「ね、ジョージ!」
ジョージは答える。
ほんとにすごいもんですよ、一人で全部やってのけるんですから、尊敬します……。
子供たちの写真。
遠く離れて住む子供たち。最後に全員で写ったのはいつだったろう。「パパには悪いんだけど……忙しくて……ごめんね」
なぜ、子供たちがめったに家に顔を出したがらないのか、ジョージには想像がつく。
子供たちのその横に、1枚の古びた写真。
この二人、誰だろう、とジョージは思う。男女が、幸せそうに笑みを浮かべ、タキシードとウェディングドレスを身に纏い、頬を寄せ合っている。
知らない、二人だ。
写真から目を逸らしたジョージの耳に、また音が響いた。
きいきい。ききい。
きいきい。ききい。
最初のコメントを投稿しよう!