3人が本棚に入れています
本棚に追加
それから怪物は、待ちきれない、というように、ピンク色の舌で、赤く開いた口の周りをぐるりと舐めた。
にやりと笑ったようなその怪物に向かって、ジョージは驚いた様子もなく言った。
「まだだ。もうすぐだから、おとなしくしてろ」
怪物は笑ったような顔のまま、棚の上の空っぽの、青のペンキの缶に尖った爪の生えた手をかけ、縁をまたぐと、そろりとその中へ消えた。
きいきい、は止んだ。黒々としたガレージの空気をかすかに震わせているのは、ジョージの呼吸だけになった。
ジョージが部屋へ戻ると、エレンが眠たそうに、たいして興味もなさそうに尋ねた。
「何だった」
「風でガレージのシャッターが揺れてた」
「直して」
「わかった。今度、見てみるよ」
エレンはジョージの暖かく柔らかいウールのような言葉に、いつも冷たい氷筍しか返さない。「週末はどうせラリーとゴルフでしょ。口だけ男。ほんと役立たず」
ジョージはベッドにもぐりこみ、最後に妻から感謝の言葉を聞いたのはいつだったろう、と思い出そうとする。
背中合わせの彼女は、すぐにいびきをかき始めた。
また音がする。
きいきい。ききい。
また待ちきれず、怪物が鳴いている。
まだだ。
けれど、もうすぐだ。
……ええ、今朝、私とラリーを見送ってくれました……私はずっとゴルフ場で……訪ねた妻の友人たちが、返事がないので通報を……ガレージに血だまりがひとつ……たぶん買い出しのために彼女はガレージに……ああ、お願いです、妻を必ず見つけてください……。
ジョージは唇を一度ぐるりと舐めた。
もうすぐだ。
もうすぐ、このベッドの隣は空っぽになる。
最初のコメントを投稿しよう!