三、母娘

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三、母娘

 菩提寺はいつもひっそりとしている。  墓地は寺の裏手にある。  手早く掃除をし、花を供え、線香を手向け、合掌し、元の世界へと帰っていく。  そのような家族連れがほとんどだが、彼女たちは違っていた。  水桶から掬った柄杓の水を、墓石に掛ける。水は石の表面を滑る。彼女たちは交互に、その動作を繰り返す。水桶が空になるまで。  そして長いこと手を合わせ、墓石に刻まれた『南無阿弥陀仏』の文字に憑りつかれでもしたように、二人並んで立ち尽くす。  風があれば、草木はさざめく。  だが墓石を前にした彼女たちが、頭上の梢のさえずりに気づくことなどあっただろうか。  ここを訪ねると、彼女たちはどうもこの世を離れたような顔になる。樹美の祖父も、枝里子の夫も、それを感じていた。  お盆、命日と、母の日の前後に墓参りをするのが彼らの習わしとなっている。いつも寺の近くの花屋に立ち寄り、供える花を作ってもらう。 「白いカサブランカと、赤いバラを合わせていただけますか」  菊の花を供えたためしがなかった。枝里子はいつも、必ずそのように注文している。樹美もその組み合わせを気に入っていた。花屋から受け取った花を抱えて寺まで向かう間、樹美はその花にじっと見入っていた。  切り花はあやしく香る。  ひんやりとする墓石の前に、なまめかしい生気が宿る。  花はまだ、自分の命の根源が断たれたことに気が付いていないのかもしれない。
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