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――生きているうちに、もっと話をすればよかった。
自分の母を喪ってから、彼女たちはそう思った。
だがそれは、喪ったからこそ湧いてきた気持ちなのかもしれないと、もっと後になってから思った。
生前の母から向けられた眼差しの内には、慈悲に擬態した飢えが、確かに在った。
正しい人に育つよう。たくましく育つよう。優しく育つよう。
自分のかわいい子どもであり続けるよう。
しかし、母はもうそのような飢えに苦しむことのないところへと、旅立ったのだ。
墓の下の小さな空間に収められた、壺の中の白い骨。
その姿になってようやく、母は彼女たちのほんとうの母となった。この世の鎖につながれている者の、迷える心の拠り所に。
墓の下の母の元にはすべての正しさとたくましさと、優しさがある。
なぜなら彼女たちの母はいまや、彼女たちの思い出から生まれ、彼女たちの飢えが育んだ、娘のようなものなのだから――
「さあ、そろそろいいか。いつもの蕎麦屋へ寄って、帰ろう」
四人は寺を後にする。馴染みの藪蕎麦の店へ向かう途中、樹美と枝里子は立ち止まり、後ろを振り返った。
「二人とも、どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
呼ばれたような気がした、なんて。
樹美と枝里子は顔を見合わせ、どちらともなく笑った。
そして、先を歩く二人の後を、早足で追いかけた。
≪完≫
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