三、母娘

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   ――生きているうちに、もっと話をすればよかった。  自分の母を喪ってから、彼女たちはそう思った。  だがそれは、喪ったからこそ湧いてきた気持ちなのかもしれないと、もっと後になってから思った。  生前の母から向けられた眼差しの内には、慈悲に擬態した飢えが、確かに在った。  正しい人に育つよう。たくましく育つよう。優しく育つよう。  自分のかわいい子どもであり続けるよう。  しかし、母はもうそのような飢えに苦しむことのないところへと、旅立ったのだ。  墓の下の小さな空間に収められた、壺の中の白い骨。  その姿になってようやく、母は彼女たちのほんとうの母となった。この世の鎖につながれている者の、迷える心の拠り所に。  墓の下の母の元にはすべての正しさとたくましさと、優しさがある。   なぜなら彼女たちの母はいまや、彼女たちの思い出から生まれ、彼女たちの飢えが育んだ、娘のようなものなのだから―― 「さあ、そろそろいいか。いつもの蕎麦屋へ寄って、帰ろう」  四人は寺を後にする。馴染みの藪蕎麦の店へ向かう途中、樹美と枝里子は立ち止まり、後ろを振り返った。 「二人とも、どうしたの?」 「ううん、なんでもない」  呼ばれたような気がした、なんて。  樹美と枝里子は顔を見合わせ、どちらともなく笑った。  そして、先を歩く二人の後を、早足で追いかけた。 ≪完≫
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