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その日私に、生涯最高の幸せが全く予告無しに舞い降りた。
「パパ。」
ゴミ屋敷寸前の汚部屋で、突っ伏して半ケツ出して、いぎたなくヨダレとイビキを垂れながしていた私にいきなり降り注いできた天使の神託。
「…パパ。」
凡庸でかつ怠惰なこの現状に決して抗うことなく、寧ろ遍くひたすら浸潤するのみを自らに課した心地好いこの縛りの延長線上に生きている私は、意地汚なく矮小で見苦しい自己にこのような光栄で甘美な悦楽の極みが降り注ぐという恩恵等ある訳がないと思い込んでいたので、この悩ましく麗しい神託に永らく気が付く術がなかった。
「パパっ!」
あっ。
……鬱陶しかった?
すみません、すみません。
気取ってみたかっただけなんです。
格好つけたかっただけなんです。
年寄りは甘えたがるんです。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
言い直しますね。
つまり、
俺もうなっがいこと、なーんもやる気でんくって、
いっそもう、死ぬまでだらだらだら~で過ごしてやろうって決めてて、
いま若い女の子の声がしてるけど、俺を訪ねてきてくれるなんてこと絶対有り得ないから、何べん呼ばれてても、あ?俺のこと?とか、全く気も付かなかったんです。
「パーパ…。」
天使に容赦はない。
それは古から変わることなき理(ことわり)です。
天使は本来が残酷なもので、そしてこの天使もまた正しく天使でした。
半ケツを突き出すが故に、斜めになってる私の背中をなんの苦もなくカツカツカツと、天使は歩く。
天地を縛る重力や不揃いな私の背骨の橋の狭さなどものともせずに、見事なピンヒールでの華麗なるステップ。
つまり、おけつから背中通ってうしろあたま踏み踏み踏みって。
踏まれてる踏まれてる踏まれてるの。
室内なのに土足のピンヒール、布団の上なのに土足でピンヒール。
ぐりぐりザクザクザックリこ、さくさく刺さる刺さってく……。
ぜったいぜったい背中から、血、噴いてる、噴き上がってるーー!!
「…たったった、てぁぁぁ(痛ぁ)ーーーーーー!!!」
目が覚めた。思いきり覚めた。ぎんぎんに覚めた。
…血は噴いてなかった。
「パパ。」
そのお嬢さんの華麗なる足元を彩る華やかな音。
(美しいピンヒールがレジ袋に突っ込まれたコンビニ弁当の殻とかホイルが裏打ちされたスルメやらナッツやら入っていたような袋とかをわしわしがしゃがしゃ踏み鳴らし、空き缶たちをカンコン蹴り潰してた。)
そして妙齢のお嬢ちゃまは私の目の前にしゃがみこんだです。
「パパ。」
ふっ…と掌を上に向けた右手を私の鼻先に突きだして、くぃっくいっと、こう、くぃっくいっと…。
ああ、その愛らしい仕草。
よーしよしよしよし、
よーしよしよしよし、
さ、いいこだ、ぼうや、さっさと出しな、の くぃっくぃっ。
かもなゆあさいふ のその手付き。
「パパ。」
くぃっくいっくぃ。
さ、財布ですかぁっ?!
で、お出ししました。平たい財布。
びたんびたんびたんて派手な音色。
…出した財布で思いきりビンタされた音。
往って反って、もっかい、往って反って、もっかい、往って反って、もっかい、往って反った。
おーふくおーふくおーふくな、ビンタ。
うん、鼻血出てるね。
両方からでてきたよ。
そーだよ。知ってたよ。
君はきっと気に入らないだろなって判ってたんだよ。
お札は空だったからね。
「パパ…。」
おかまいなしに、右手がぐぃぐぃ前に出て来てる。
あー、あなたの欲しいものはなんでしょう。
でももっと聞きたいことがあるので、思いきってそっちを先に聞いてみる。
…あのぉ。どちらさまでしょう?
すると、取り出されるは一枚の紙。サイズはほぼA4のそれ。
折り畳まれた過去線つきのその紙がぐっとほら、私のお顔に押し付けられる。
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