ドアの向こうのカルラ

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ドアの向こうのカルラ

 こんな掲示板に書き込もうと思ったのも、結局一人でため込むのが限界だったからなんだと思う。とにかく、誰かに聞いて欲しくて仕方ない。不安がらせたくないし、どうせ信じて貰えないだろうという気持ちもあって身内にはどうしても話すことができないんだ。  これは、今から三年ほど前のこと。  今でも思い出すだけで背筋が凍りつくような、恐ろしい話だ。  今でこそテレワークも珍しくない世の中になったが、俺は当時から仕事は家でこなすのが普通だった。というのも、俺の仕事は作曲家というやつだからだ。  ああ、そんなカッコイイもんじゃない。作曲と一言で言ってもいろいろで、それこそ短いジングルを作るとか、人が作った曲をなんとか“一般的に聴けるレベルのもの”までアレンジし直すとか、まあそういう仕事だ。  一度だけ某有名なアイドルグループのアルバムが大ヒットして、そこに一曲だけ俺の曲を収録してもらったことで結構な印税を貰うことができたなんてこともあったが――まあそんなラッキーはそうそうない。仕事を貰うのも大変だし、数をこなすのも大変。唯一メリットは、家で仕事ができることってくらいだ。音楽が好きでこっちの道に入ったはいいが、まさかここまで地味とは思ってなくて正直かなりしょぼくれてたのを覚えているよ。  なお、家事も殆ど俺の仕事だったりする。  というのも、うちの奥さんも働いているし、外に働きに出ているからだ。仕事しているとはいえ、家にいる俺の方がずっと時間がある。料理だけは交代にしてたが、掃除と洗濯はほぼほぼ俺の仕事だった。あ、あとカミさんが仕事で切るワイシャツのアイロンをかけるのもな。これでも結構器用な方なんだぜ。  そんな俺には、娘が一人いた。  中学生の娘だ。近所の中学校に通っている娘なんだが、こいつがまあ俗にいう“反抗期”ってやつでな。帰ってきても“ただいま”を言わないこともザラにあったんだ。俺は娘がムスっとした顔で帰ってくるたび律儀に“お帰り”を言っていたんだが、次第にあまりにも塩対応な娘にムカついてきちまってな。  ある日、俺の“お帰り”を無視して部屋に入ろうとする娘に言ってやったんだ。 「おい!お帰りって言ってるだろ。ただいまの一言くらいちゃんと言ったらどうだ」 「……タダイマ」 「なんだその棒読みは。いかにも嫌々とでも言いたげな」 「……ちゃんと言ったじゃん。何が不満なの。お父さんってほんとめんどくさい」  父親に対してなんて態度だ。青筋を立てる俺に、娘は相変わらず能面のような無表情で鼻を鳴らすばかり。ナメくさっているとしか思えない。一体誰に似たんだか。 「挨拶をされたら、挨拶を返すもんだ。そう教えてきただろう」 「知らない」 「お前な」 「じゃあ」  彼女は蛇のような眼でじっと下から私を見上げて言ったのだ。 「お父さんの挨拶も、いらないから。お父さんが“ただいま”って言わないなら、私も“お帰り”って言わなくて良くなるでしょ。それでいいじゃない」  滅茶苦茶な理屈である。思春期だか何だか知らないが、どうしてこうも反抗的な娘に育ってしまったんだろうか。べー、っと舌を出して、娘は俺が何かを続けて言うより先に部屋に引っ込んでしまった。本当に、親の顔が見たいとはこのことである。その親が自分だというのがあまりに悲しくてたまらなくなるが。  そんな俺のイライラを察してか、飼い猫のキティが“にゃあ”と足元にすり寄ってくる。白黒の雑種猫(元保護猫だ)は、人間に捨てられていたはずだというのに飼った当初から人なつっこかった。俺はキティを抱き上げて、よーしよし、と頬ずりしてやる。 「お前は可愛いなー誰かさんと違って!俺に優しくしてくれるのはお前だけだ!」 「にゃあ~」  ひょっとしたら、キティも娘のことを冷たいと思っていたのかもしれなかった。彼女が、娘に懐いているところを、俺はほぼほぼ見たことがなかったからである。
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