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***
そんな会話をした、翌日。
その日も、娘は夕方学校から帰ってきた。俺はもう意地になって、何がなんでもお帰りと言ってやろうと思って玄関を見たんだ。
「おかえ」
り、と言いかけた言葉が中途半端に留まった。帰ってきた娘の姿を、最初俺は受け止めることができなかったんだ。
娘は、振り子のように不自然に体を揺らしながら、玄関から入ってきた。揺れるたび、ぽた、ぽた、とドス黒い血のようなものを垂らしている。身体のバランスが明らかにおかしかった。それもそのはず、彼女の右腕が付け根から、ねじ切られたようになくなっていたからだ。その袖ごと引きちぎられた断面からは、骨のようなもの、繊維のようなものがびらびらと風に揺れていた。
何が一体起きているというのか。
唖然とする俺が見ている前で、娘は俺の存在を無視してそのまま部屋に入っていってしまった。がちゃり、と部屋の鍵がかかる音。俺はその音に我に返り、慌ててドアに飛びついた。
「お、おい!どうしたんだ、お前!その怪我、怪我はっ……!」
しかし、ドアの鍵をいくらがちゃがちゃやっても、向こうから反応はない。右腕を失うなんてとんでもない大怪我だ。そんな怪我で放置したら死んでしまう、早く病院に連れていかなくてはいけない。パニックになりかけた俺は、ふと自分の足元や廊下を見て――あれ?と気づいたのである。
娘は、ドス黒い体液を振り撒きながら部屋に入っていったはずなのに――それらしい痕跡が、一切周辺に見当たらないのである。まるで、彼女が部屋に入ると同時に消えてしまったかのように。
――な、なん……だと?
自分は、混乱して幻でも見たのだろうか。娘への反発心が、悪夢となって現れた、とでも?
パニックになる俺をよそに、ドアの向こうから不機嫌そうな声がした。
「お父さん、煩い。私、これから宿題するんだからほっといて」
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