フレンチトーストの朝・8

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フレンチトーストの朝・8

「ほおォ。ああ、そうかよ。そういうこと言うのか、お前は」 「嘘、嘘です。ごめんなさい」  私の肩を抱いている腕を引き抜こうとする彼を引き止めるために、私は彼の首に抱きついた。彼は笑みを浮かべて、私をもう一度きつく抱きしめた。 「奈月の返事、聞いてねえんだが?」 「は?」 「俺はちゃんと、お前に気持ちは伝えたからな。お前はどうなんだよ」 「え?」 「俺のチンポが好きだってのは聞いたけど、それだけ? 寂しいなあ。俺は十何年の秘めた思いを、勇気を振り絞って告白したってのに、俺の存在意義は股間だけか?」  ちょっと待ってよ、と言ったが、彼は意地悪く私を見ている。体を許したことって、その意思表示だと思っていたのに、とブツブツ呟いた。 「ちゃんと、奈月の言葉で聞きたいんだ」 「わ……私も、ずっと、子供の頃から、ずっと。駿ちゃんのこと、好きだったよ。それに、きっと、これからも……」  どもりながら、私は必死で言葉を見つけながら、彼に伝えた。  彼は私の言葉を聞き終わると、にこりと笑った。 「きっとってのが余計だけど、ま、いいか」  じゃあさ、と彼は言葉を続けた。 「今のそれ、英語で言ってみようか、奈月」 「は?」 「お前、何度も何度も俺をちゃん呼ばわりしたよな。お仕置きだ、お仕置き。勉強になっていいだろ?」  にやりといつもの笑みを口の端に浮かべて、彼は私の額にキスをした。 「キッ、キスなんかで誤魔化されないんだからッ! 馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿! もう知らない!」  思い切り彼の胸を拳で叩き、最後には背中を向けて毛布を顔まで掛けてうずくまった。 「ごめん、奈月。なあ、俺、あいつの感触、消せたかな?」  彼の声が聞こえてきたが、いつの間にか私は夢の中へ旅立っていたようで、それに返事をすることはできなかった。  次に目覚めた時は、すでに日は落ちて外は真っ暗になっていた。  彼は私の横で寝息を立てている。裸の胸が毛布から見えていて、私はそっと毛布を肩までかけてあげた。家に帰れる時間なら帰ろうと思い、時計を見た。時計の針は夜中の一時を過ぎた時間を指していた。  もうここから家に帰るのも馬鹿らしい時間だ。携帯には親からのお叱りのメールが入っていた。彼のアパートにいます、と返事をしたら、親は安心するのだろうか、不安に思うのだろうか。  とりあえず居場所を知らせるメールを送り、私は冷蔵庫へ足を向けた。夕方に買ってきたお茶のペットボトルを取り出し、一口飲む。そのままローテーブルの前で座ってぼんやりしていると、突然、ベッドの上で彼が起き上がった音がした。 「奈月!?」  焦ったような声を出した彼に驚いて、私はどうしたの、と言って慌ててベッドに駆け寄った。 「そこにいたのか」  脂汗を額に浮かべた彼は、腕を伸ばして私の頬に触れた。 「何かあったの?」 「いや……。目が覚めたら奈月がいないから、夢だったかと思った」 「そんなこと、ないよ」  彼の手に導かれるようにして私はまたベッドに入り、彼の腕に抱かれた。  帰らなくていいのか、と今更訊かれたので、ここにいるからってメールしておいた、と言った。 「それ、安心させてんのか不安にさせてんのか、どっちなんだよ」 「返信見る限り、安心したみたいだよ。よかったね、信頼されてて」 「へえ? なら、これからも泊まりに来いよ」 「いいの?」 「もちろん」  そして私たちは暗闇の中で見つめ合った。明かりはなくても、お互いの存在は確かにそこにあり、それを私たちはちゃんと感じていた。私は彼の頬に手を添えて、彼は私の体をしっかりと抱きしめて、ふたりの唇がゆっくりと重なり合っていった。  唇を離すと、彼は微笑み、私の唇を指でなぞりながら訊いた。 「今のは? 奈月」 「フレンチキス」 「よくできました」 「ご褒美に、もう一回して?」  何度だって、と彼はまた口づけてくれる。  舌を絡ませて深く長くする、フレンチキス。彼が最初に教えてくれたキス。私は彼を見ながら思う。  これからもいろんなキスを教えてね。たくさん復習して、もっと上手になるから。キスでも成績トップになるように、頑張るよ。大好きなあなたのために。だから、ちゃんと学校きてくれると、嬉しいなあ。
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