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フレンチキスの夜・5
抱きしめられると、お互いの裸の胸が触れ合った。ハッとして、私は体を離した。その意味に気づいた彼が、手首のリボンをほどいて私の胸の頂きに唇を寄せた。
「あん……」
「可愛いよ奈月。乳首、桜色で綺麗だな」
「変なこと言わないでよォ」
「もしかして、奈月、初めて?」
乳首を舌で転がしながら彼が上目遣いできいた。
「キスも初めてだったんだから、当たり前でしょッ!」
「え? ファーストキスだったのか、あれ」
「そうだよ。何度も言わせないで。恥ずかしいから」
くっくっと彼は肩を震わせて笑い出した。
「へえ。難攻不落すぎて、誰も手を出さないってところか。牽制のし合いなんて、ダセェことしてんな、うちの学校の奴ら」
「駿ちゃん?」
ぴん、と舌で乳首を弾いた彼は、背中を伸ばして私の顔を覗き込んだ。鼻先がくっつきそうなほどの至近距離に、私の鼓動が早くなった。
「また言ったな。今度こそ、ほんもののお仕置きだな、奈月」
「もうやだよお」
私は理由もわからず、半べそをかいていた。
「大丈夫、今日はもう何もしないよ」
よしよしとばかりに私の頭を彼は撫で、言った。
「この続きはさ、お前が英語で成績一番になったらしようぜ」
「は?」
「英語、今までお前一番だったろ? で、確か、学年で一番の成績だと、A大学の推薦、無条件でもらえるんだったよな。だったら、成績、下げるわけにいかないよな? だからさ。英語で一番の成績とったら、この続き、しようぜ」
「え、ええええ?」
「お仕置きっていうより、ご褒美っぽいかなあ」
成績を下げるわけにはいかない。そのために勉強をしてテストを受けて一番になることが、彼に初めてを捧げることを意思表示していることになるということか。
そんな、積極的にエッチしたいなんて、思ってないんだから。
馬鹿にされるかもしれないけど、もう少しロマンチックなシチュエーションで、自分のバージンは捨てたかった。
好きだよと告白されて、私も、なんて恥じらいながら、ふたりの唇と体が合わさっていく。そんなシーンを夢見ていた。
少女漫画趣味と言われようが、そういう夢を持って何が悪いのだろう。
「や、やだよ! 何言ってるのよ」
「もう決めた。奈月が今の話に乗ることが、俺が明日からのテスト受けることの条件だ」
またしてもはめられた。きっと彼はここまでを想定していたに違いない。なのにうっかり彼を小さい頃と同じように呼んでしまう私は、やっぱり彼にはかなわないのだろう。
「復習する?」
油断していた私の唇を、再び彼は塞いだ。裸のままの胸をくっつけあって、彼の腕が私の裸の背中を抱きしめる。服ごしとは違って筋肉や心臓の動きがダイレクトに伝わってきて、さっきのキスよりももっと私の頭は何も考えられなくなっていった。
どくん、どくん、とふたりの鼓動まで重なり合う。私の口をこじ開けて入ってきた彼の舌の動きを、私はただ呆然を受け入れていた。馬鹿げたことに、彼の唇が離れていった時、寂しいと思ってしまった。これはまずい。彼の思うつぼではないか。
「なっ、なんの復習なのよ、馬鹿ッ!」
「フレンチキスの復習」
にや、と彼が口の端をあげた。
その後、彼にうちまで送ってもらって、門のところで別れた。
「ちゃんと明日、テスト受けにきてよ」
「わかったよ」
別れ際、くいと私の顎を上に向かせて、一瞬、唇をあわせた。
「復習。これは?」
「バードキス?」
「正解。よくできました。じゃ、明日な。おやすみ、奈月」
私が家の中に入ってドアを閉めてしまうまで、多分彼は門のところで私を見守ってくれている。その姿を見たことはないけれど、私はそう確信している。
彼が触れた唇に、指で触れてみた。まだ彼のぬくもりが残っているようで、どきんと心臓が鳴った。
私は部屋に入り、英語の教科書を出して復習を始めた。彼が教えてくれた今は、ちんぷんかんぷんだった英語の教科書が、まるで絵本のように感じた。
「明日の英語のテスト、頑張らなくちゃ」
英語の教科書に彼が書き込んでくれていた文字を見て、私はそう呟いた。
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