フレンチトーストの朝・1

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フレンチトーストの朝・1

 翌日、私はハラハラしながら教室にいた。  クラス中が教科書やノート、参考書に目を走らせている中、彼の席だけが空っぽなのだ。私は友人の質問に答えながらも、上の空で彼のことばかり考えていた。  来るって言ってたのに、何してんのよ。  幼なじみなのに、携帯の番号ひとつ知らない自分が歯がゆくて仕方なかった。  予鈴が鳴った時、ドアが開いて彼がやってきた。一応制服は着てきたみたいだ。  遅いじゃない、と言おうとした私を目で牽制して、彼は自分の席にどかりと座った。教室内がしんと静まり返っている。無理もない。この前に彼が学校に来たのはいったいいつだったのか、誰も覚えていないくらい昔なのだ。  オマケに、ヨレヨレの白いシャツには、血と思しき赤いシミが飛んでいる。捲り上げているジャケットの袖から覗いている腕は、刃物でつけられたような傷の痕が見えていた。サングラスこそかけていないが、逆にその鋭い目が直接見えて、誰もが恐ろしさに目をそらしている。  私に彼を連れてこいと言った担任教師までが、教室に入ってきた途端、彼の存在を見つけてひるんでいる。  けれどみんな、彼から目が離せないでいる。彼はただ不機嫌そうに座っているだけなのに、全員の意識が彼に向いていた。目が合えば目をそらすくせに、彼を見ずにはいられない。彼はそういう人だった。  私が必死に演じて手にした、人を引きつけるオーラのようなものを、彼は生まれながらに持っているのだ。  奇妙な緊張感に包まれたまま、今回のテストは開始された。  彼は学校では私と口を利こうとしない。  通っていた中学から、かなり離れた高校へ通っているため、私たちが幼なじみだと知る人物はほとんどいない。だから、全方向に優等生である私と、一直線に極悪人まっしぐらの彼が幼なじみだと、誰かに言っても信じてくれないだろう。  彼が私と口を利こうとしないのは、自分と一緒にいるところを見られたら、私の立場が悪くなると考えているからだ。あくまでも、生徒会長として彼と接しているように見せかけるように、と口をすっぱくして言われている。  気にしないよ、と言っても、お前がそうでも他のヤツは違う、と取り合ってくれない。それなら自分が普通に戻ればいいのに、と言いたいところだが、それは言うだけ無駄のような気がしていた。  一回も授業を受けなくても、教科書をさっと見るだけで全ての内容を理解し、私にどの教科であれ教えてくれる人だ。学力は、多分この学校の誰よりも上だ。それもダントツに。  テストではいつも適当に手を抜いて、平均点程度を彷徨っているが、本気でやれば私の成績など、赤子の手をひねるかのように抜いていくだろう。  でもきっと、今回も彼は手を抜くに違いない。私はこの時、そう思っていた。  午前中のテストを終え、みんな三々五々帰宅していく。気づいた時には彼はもういなかった。  自宅の最寄駅で電車を降りると、改札の向こうに彼の姿があった。私は走って改札口を出て、彼の後姿に飛びついた。 「遅ェよ。帰ろうかと思ったぞ」 「学校で待っててくれればよかったのに」 「そういうわけにも、いかねェだろうが」 「いいもん、私、別に」 「俺が良くないの」  ぽんと私の頭に手を置いて、ホラ、と手を差し出した彼に、驚いて戸惑った。 「置いてくぞ」 「やだ」  差し出された手に自分の手を重ねると、彼は私の手を握って歩き出した。子供の頃にいつも繋いでいた手の温もりが、そこにはあった。  私たちは今日のテストの話をしながら歩いた。話していたのはほとんどが私で、彼は相槌を打つ程度だったが、久しぶりに彼と長く話すことが嬉しかった。 「お前、絶対に俺の後ろから出るなよ」  突然彼が暗い声を出して立ち止まった。そこは住宅街の中にぽかりとできた、空き地の角だった。その角から、ゆらりと数人の男が現れた。漫画や映画でよく見るような、典型的な不良の姿をした男たちだった。  彼は私をブロック塀に押し付けて背中にかばって、男たちを見ていた。 「女連れかァ? いい気なもんだな。この間と違うツラじゃねーか」  真ん中にいる鼻がつぶれた男が、ガラガラの声で唸るようにして言った。 「俺はお前らと違ってモテるんでね」 「そういうスカした態度が、気に入らねえんだよッ」 「気に入ってもらいたいとも思わねえな、あいにく」 「ケッ、よくみりゃ、後ろの女もかなり上玉じゃねえか。お前倒して、その子と4Pとしゃれ込むか」  三人は下品な笑い声を上げた。 「やれるもんならやってみろよ」 「死ねよ、柴崎ィッ!」  私は彼の背後で、恐ろしくて目をつぶった。
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