彼と彼のこと

3/6
前へ
/6ページ
次へ
 皐月は予想していたより、私に優しかった。私の嫉妬心に気づかなかったのか、ほとんどの場合私を優先してくれた。放課後、皐月がバイトをする日以外は私に時間をくれた。多分その頃、皐月は藤田とほとんど会っていなかったと思う。私が意図した通りに。  ある日の夕方、私と皐月は手を繋いで駅前を歩いていた。私は電車通学をしていたが、彼は自転車だった。放課後デートの時、皐月は駅前の駐輪場にいつも停めていた。  駐輪場の入り口へ向かうと、反対側からカップルが歩いてきた。一人は藤田だった。彼に彼女がいることは、噂で知っていた。  皐月と藤田はお互いを認めると、立ち止まった。短く、言葉を交わす。声は普通だったが、視線はそうではなかった。  時が止まったような感覚。  息が詰まった。  お互いを求めるように、糸を引き合うけれど、うまく張ることができないような、もどかしさ。  私の頭から爪先まで、二人の感情がもつれるように駆け抜けた。知ってしまった、と思った。  皐月は私のことを見ることもなく、ここで待ってて、と言いおいて地下の駐輪場へ入っていった。藤田も彼女をその場に残し、後へ続いた。  藤田の彼女と二人きりになった。知り合いでもないし、特に話すこともなかった。なんとなく気まずく、私はガードパイプに腰をかけ、携帯を取り出して画面を開いた。指は画面をスクロールさせたが、全く目に入っていなかった。ただ指だけが動いていた。  知った、と思ったことが気になっていた。何故そんなに断定的に思ったのだろう。  彼らは、本当に想い合っているのだろうか。  そんなことなんてあるのか。  わからなかった。  気がつくと藤田の彼女が、私とは反対の壁際へ立ち、こちらを見ていた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加