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憎しみにも近かった。彼女の目は、その清楚な雰囲気とはまったく似つかわしくない色をしていた。意味がわからず、私は彼女の瞳を見返した。
それも一瞬後には跡形もなく消えた。彼女はピンクの口端に、相応なかわいらしい笑みを薄く浮かべてから、目をそらした。
私はまとわりつく視線の残滓を振り解くように息をつき、再び画面を見た。
彼女も同じことを考えたのだろうか。許せなかったのかもしれない。私を通して見た、皐月のことが。
私が見た彼女は、もしかしたら私なのかもしれない。
きっと私も、あんな風に藤田を見ていたのだろう。
先に藤田が自転車を押して出てきた。彼女に何か言い、藤田は自転車を滑るように走らせ、去っていった。再び残された彼女は平然と私の前を通り過ぎ、駅構内への階段を登って行った。私を見ることはなかった。
皐月はすぐに出て来なかった。先に入ったのに、何かあったのだろうか。
少し心配になった時、遅れて皐月が出てきた。表情が暗い。皐月は彼自身が思っているより感情が表に出るタイプであることは、毎日会ううちに知った。
皐月は、ごめん、今日は改札まで送れない、親に用事頼まれちゃって、と笑顔を作った。嘘だろうと思った。藤田と何かあったに違いない。いいよ、と私は皐月に笑顔を返した。
皐月と別れ、電車に乗った。
会社を終え、疲れた大人たちで車両は混みはじめていた。
私はドアのすぐ脇に立ち、家々が間近にいくつも流れていくのを見送った。
風景と一緒に、皐月の存在が流れていってしまうような気がした。私の額から、喉から、胸から、お腹から、空気が通り過ぎてどんどん流れていき、薄くなり、なくなってしまいそうだ。悲しくてたまらなかった。でもどうすることもできず、私は景色を眺め続けた。
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