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一 兄上
「あれ、兄上は?」
「リヨク王子は、おなかの調子が良くないとかで、本日はおサボりです」
剣の先生は、それはご立腹のご様子だった。
「おなかの調子が悪いのを、そんな風に言うなんてひどいよ」
「セキ王子、あれは絶対に仮病なのです!
勉学の先生もおっしゃってましたが、リヨク王子はここ数か月、それはそれは投げやりな態度で、何をやっても身についておられません!
もったいない話なのですよ? あれだけの才能がありながら伸ばさないなんて、凡人の私からしたら――」
「あー、私もおなかが痛くなってきた」
セキは腹を押さえる。
「セキ王子!?」
「今日は休む」
セキはくるっと修練場に背を向ける。
「母上に告げ口しないでね」
剣術の先生の言うことは、本当かもしれない。
確かに、最近のリヨク王子は厭世的なのだ。
でも、仕方ないではないか?
あれほどの事故の後なのだから。
数か月前、リヨク王子はつり橋の視察に行き、誤って川に落ちたという。
大怪我ではなかったものの、それなりに傷を負い、三日間熱が下がらなかった。
傷が、まだ癒えてないのかもしれない。
皆はどうしてお待ちせずに急かすのか。
才能が惜しい、と先生方は口をそろえて言うが、そもそも彼にその気はない。
それに、剣を習ってたったの半年で、3歳のころから修練してきたセキを追い越したほどのセンスなのだから、数か月休んだとて、すぐに勘を取り戻すだろう。
才能があるというのはそういうことだ。
凡人が気を揉む必要など、端っから無用なのだ。
特に用がある訳ではないが、セキは、リヨク王子の部屋の前まで来ていた。
正確には、王の執務室の前。
あの事故で父王はひどく動揺し、リヨク王子の部屋を自分の執務室でもある私室に移した。
つまり、この部屋は王の私室であり、リヨク王子の部屋でもある。
「あの――、セキ王子、リヨク王子にお伝えしましょうか?」
見かねたのだろう。扉を守っている守衛が聞いてくれた。
「お会いしたいけど……」
本当におなかの調子が悪いのなら、お見舞いするべきだ。
でも、調子が悪くて寝ているところに客が来るのは、迷惑ではないか?
「セキ王子、リヨク様にご用ですか?」
タイミングが良いのか悪いのか、フウレン近衛兵団長が通りかかった。
この兵団長は、結構な地位にいる団長だが、ここ数年は実質、リヨク王子の乳母である。
「来ていただいて申し訳ありませんが、リヨク様は剣の稽古中です。
修練場にいらっしゃると思いますが」
「それがあの、」
セキ王子は「しまった!」と気がついた。
自分が母に内緒でさぼったのと同じように、リヨク王子も内緒でサボっているとしたら、完全に余計なことをしているのだ。
「いいんです。なんでもありません」
逃げ帰ろうとしたら、
「誰?」
内側から扉が開いた。
さらりと流れる金の髪、澄んだ緑の瞳。
リヨク王子が顔を出す。
「リヨク様!?
どうしてお部屋に!?」
思った通り、兵団長は知らなかったのだ。
「腹が痛かったから、休んでた。
セキ、入れよ」
「いいのですか?
ここは父上の執務室ですから、気軽にお邪魔するわけには――」
「父さん、平和会議とかで昨日からいない。
ちょうどヒマしてたから、入って」
「お待ちください! 今からでもお稽古に――」
「フウレンは、なんかお菓子持ってきて。
今日は兄弟の情を深め合うことにする。
頭痛いから、午後の勉学も休む。
先生に謝っといて」
「リヨク様!」
リヨク王子はセキを引き入れると、フウレンの目の前でバタンと扉を閉めた。
そして、ちょっと優しい顔になる。
「セキの予定は大丈夫?」
秀麗なお声。
身の丈はスラリと、それなりに高身長なセキよりも頭一つ分高い。
「私なら、全然平気です。
今日の予定はまったくありません!」
セキは、元気に答えた。
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