氷の楔

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 母は母になれなかった。 なろうと努力はしてくれていたと思う。 それでも、母になる事ができなかった。  私を捨てて自分の為に生きる道を選んだ母を、私は責める事はできても恨む事はできなかった。  東京の煌びやかなビル達を車窓から眺める。 あの光の一つ一つに人それぞれの生活がある。 それは都会も田舎も変わらない。  茨城に近付くにつれて光の数は少しずつ少なくなってゆく。 駅に着いた頃にはもうすっかり日は沈んでいて、暗い闇の中を粉雪が風に乗って踊るように舞っていた。  帰ろう、私も。 自分が帰るべき場所へ。  家の明かりが見えてきた。 私の心に打ち込まれた冷たい楔の様なこの感情も、この暖かな光に溶かされていつかは消えてなくなるのかもしれない。  それでも願わくば私を捨てた母の未来が、この先も母が望む形で続いてゆく事をいつまでも、いつまでも想っている。  私は冷たい外の空気に晒されてかじかんだ指先を玄関の引き戸にかけた。 「ただいまー。」
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