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白薔薇の宴・1
「お嬢様、シャルロット様!」
「はぁい」
ウィングフィールド伯爵家の屋敷の中はパーティの支度で慌ただしかった。その家の中を取り仕切っているのは、伯爵家令嬢のシャルロット・ウィングフィールドだ。
爵位は伯爵ではあるが、長く続く名家であり、王家に嫁いだものもいなくはないというウィングフィールドは、屋敷だけでなくその見事な庭だけでも他家に劣らない。
巧みに植えられたバラの園といい、敷地の端まで見渡してなお、よい香りに包まれるリトルガーデンといい、この庭だけでも伯爵家を訪ねる価値があるといわれている。
その庭の白薔薇を摘んでいたシャルロットは名前を呼ぶケイトの声を聞きながら、バラの茎にはさみを入れた。
ぱちん、と小気味いい音をさせてシャルロットの手に大きな白薔薇が一輪。
「お嬢様。こちらにいらっしゃいましたのね」
「ええ。今日いらっしゃる皆様にお渡しするバラを摘んでいたの」
そんなことは侍女かメイドに任せておけばよいものだが、気が付けばすぐに自分で動いてしまうのがシャルロットだ。ケイトはシャルロットが抱えていた花かごとバラを受け取る。
「すぐに済むと思ったのよ。皆が忙しくしているんだもの」
「それはそうですが……。お嬢様がいらしてくださいませんと」
この庭の手入れを指示しているのもシャルロットだ。この家のパーティにこぞって貴族たちが出席したがるのは美しいと評判の庭のおかげでもある。
ケイトに急かされて、シャルロットは屋敷にむかって歩き出した。
途中、ピンクや黄色のバラのアーチをくぐる。
「ちょうどこの辺りが見頃よ」
「はい。玄関ホールにも広間にもバラを生けておりますわ」
「よかった。いらしてくださった皆様にもお楽しみいただけるわね」
今夜のパーティは、バラの宴と称していて、屋敷のあちこちにもバラがたっぷりと飾られていた。
シャルロットは、この王都にある屋敷を完全に取り仕切っている。領地の管理をしているのは母で、王都から少し離れた本宅に住んでいて、王都の屋敷には父と弟のアルマン、そしてシャルロットが住んでいた。
姉二人は、すでに嫁いでおり、必然的に屋敷を取り仕切る女主人はシャルロットになる。
「あとは食事も皆様に楽しんでいただけるといいのだけれど」
「そうでございますね」
頷きながら、ケイトはまだ小さい頃から仕えているシャルロットの横顔をちらりと見た。
貴族の令嬢なら早ければ十を過ぎたころから結婚話が舞い込むもの。姉たちは早々に結婚が決まったが、マシュマロのようなふっくらした姿のシャルロットには未だにその気配がない。
曾祖父に似たといわれる赤いくせ毛にそばかすの散った顔。色白ではあるものの、だからこそ赤い髪とそばかすがなおさら目を引いてしまう。
そして、思わず抱きしめたくなるような雰囲気は娘らしいかわいらしさ、というよりはぬいぐるみのそれに近い。えくぼが浮かぶ丸い頬も白く柔らかいパンのような手も、愛らしいとは思うのだが、年齢相応の殿方に好まれるかといえば難しい。
まだ日は高いのに、今は何時だったかと不安にさせるのは日暮れの気配がどこかに紛れているからだろう。そして、ケイトは衣裳部屋にある今夜のシャルロットの支度を思い浮かべた。
世間にはどう言われようと、この愛すべき主人をどこの娘にも見劣りしない姿にするつもりである。それが、シャルロット付の侍女としては譲れないところだ。
そのためには、支度にかける時間もそれなりにかけさせてもらわなければならない。
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