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「シャルロット様。アルマン様はもうお仕度に向かわれましたわ。シャルロット様も急ぎ、お部屋に戻られませんと」
「あら、もうそんな時間?」
屋敷に入ると、近くにいたメイドにケイトはバラを渡して棘の始末を頼む。
シャルロットが摘んだバラは招待客が来た時に一輪ずつドレスコード代わりに渡すものだ。ゲストはそれを身に着けることになっていた。
興が乗る夜会を取り仕切るのも主宰する家の格になる。ウィングフィールドの夜会といえば、その中でもよく話題になる。
支度は順調であると執事からの報告を聞いて、シャルロットは頷く。玄関ホールには今まさに花開く赤いバラが生けられていて、広間の入り口には淡いピンクのバラがこんもりと盛られていた。横目でそれらを見ながら階段を上がり、庭がよく見える自分の部屋に向かう。
「今日は、シュザンヌがモスグリーンのドレスにすると言っていたの」
友人を引き立てるようなドレスをと気にするシャルロットに、ケイトは心得顔で衣裳部屋からドレスを運んでくる。
「今夜はこちらをご用意しておりますわ」
肩の丸みだけを少しだけ出したドレスは清楚さを際立たせる白の胸元から、華やかなレースに覆われた足元に向かって濃いローズピンクに変わる。
「素敵。濃い色に変わっていくところがとても好きよ」
「はい。とてもよくお似合いになると思いますわ」
かわいらしいものが大好きなシャルロットは、淡いピンクのドレスを好んでいたが、それでは年齢よりは幼く見えてしまう上に、ふっくらした姿をさらに増して見せてしまう。
ケイトをはじめとしたこの家の使用人たちは、自分たちの愛する女主人を大人の女性として飾りたい気持ちと喜ばせたい気持ちの間でいつも悩ましいのだ。
ひとまず、シャルロットが気に入ったことで安心したケイトは、ドレスに合わせたアクセサリーを広げた。
「わたしには少し大人っぽいかもしれないけど、このくらいはいいかしら」
「もちろんです。シャルロット様のお年頃でしたらもっと派手めなデザインを選ぶ方も多くいらっしゃいますもの。控え目すぎるくらいですわ」
確かにシャルロットの友人たちは、もっと胸元がもっと開いたドレスや、肩をはっきりと落としたドレスに艶やかなアクセサリーを身に着けていることが多い。
年頃の娘としては結婚相手を探すためにも必要なのだろうが、シャルロットは彼女たちと同じように思わないらしい。
「わたくしはいいのよ。自分の身の丈に合うものを着るわ」
本人にそういわれてしまえば、仕方がない。せめて流行のデザインや、少しでも大人っぽく見えるデザインのドレスやアクセサリーを用意するのが精一杯だ。
シャルロットを鏡の前に座らせて、ケイトは柔らかくて細い髪を指先で広げた。丁寧に何度も櫛を入れれば、くせの強い髪もウェーブが整ってくる。その髪を顔にかかる両側のひと房ずつ残して、複雑に結い上げた。
鏡の中のシャルロットの様子は、ケイトの手によって少しずつ変わっていく。
ふっくらしているだけでなく、小柄なシャルロットは可愛らしい雰囲気もあって、実際の年齢よりも二つも三つも若く見られることが多い。
それを本人は気にするどころか嬉しそうに笑う。
「女性が若く見られるなんて素敵じゃない?」
ものには程度があると思うのだがシャルロットはそう言って笑う。
だが、こうして結い上げれば、かろうじて年相応に見えた。結い上げた髪に合わせて、白い肌に化粧を乗せる。
「いつものことだけど、貴女にかかるとわたくしも少しはお母様やお姉様方のように見えるわね」
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