惑いの宴・3

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 丁寧になでつけた髪にあえて手をやり、整えるような仕草を見せたクロウはカウチの足元側に立った。封筒との隙間からその姿を見ていたアウルが腕を上げる。 「なんだと思う?」  額の上に乗った封筒をさしている、と解釈して、軽く咳ばらいをする。 「招待状でしょうか。それにしては少々、いえ、随分と熱烈なようですが?」 「そうだよねぇ……」  勢いをつけて起き上がったアウルは膝の上に落ちてきた封筒を手にする。  それを見て、テーブルに置いていたペーパーナイフを取りあげたクロウが目の前に差し出す。口の端を引いて、勢いよく封を切ったアウルは、ありふれた時候の挨拶から始まった手紙をめくり始めた。 「……」  斜め読み、というのもひどいだろうが、三枚目まで行ったところでばさりとまとめてクロウに向けて差し出した。  読め、という仕草に眉をあげたクロウはそれを受け取って一番初めに戻って読み進める。アウルと違い、こちらは丹念に便箋を追って読み終えると、再び元のように折り畳んだ。 「シャルロット嬢の慧眼には尊敬の念を抱きますね。私でも知らないことが多く書かれております」 「そういうことじゃなくて……」  はじめは先日の件を、アウルに申し訳ないことをした、という出だしから始まったのはまだいい。  だが、そこからなぜ彼女が名家の令嬢たちを紹介するような流れになるのかさっぱり訳が分からなくて、アウルは頭を抱えた。  予想のはるか斜め上の内容だ。クロウは感心したようで珍しく笑顔で頷いている。 「いえいえ、これはとても素晴らしいと思われます。私が知る限り、概ね内容に誤りはありませんし、客観的でかつ、冷静でもあります。まさにアウル様への敬愛にあふれているではありませんか」  分厚い手紙の中身。  それは、アウルに釣り合い、心根もよい娘たちが書き連ねてあるだけでなく、各家の状況や使用人たちの様子まで簡潔に書かれていた。  末筆には、これは彼女の私見であり、本人やその家の承諾を得たわけではないが、アウルの結婚相手選びの一助になればとまで添えられていれば、頭痛を通り越して脱力する以外にない。 「内容は的確。されど、自分は控えめ。よほどアウル様のことを考えられてのことでしょう。それがお気に召さないのですか?」 「だからと言って、僕が結婚相手を選ぶのに君でも大臣たちでもなく、一令嬢の意見を聞いて決めるわけがないだろう?いくら参考にと言われても僕にどうしろというんだ」  ただの手紙なら読んだと返事を書くべきだろう。  しかし、この中身。  クロウに返された手紙をテーブルの上に放り出した。 「素直に受け止められてはいかがですか。そもそも情報の出元を、公にするものでもないわけですし」  考えるのも面倒なんだ。  無言を通す主からそんな恨めしい気配が漂ってきたが、クロウとしてはここ最近の状況にいよいよ決めてもらわねばと思っている。主が選んだ相手のためなら、クロウだけでなく周りの者たちも全力でサポートする心づもりはとうの昔にできている。  無言を貫くアウルの反応を待っていると、すうっと息を吸う気配がした。 「クロウ」 「何でございましょう?」 「僕が面倒が嫌いだということはわかっているな?」  思いのほか、本気な声色に息をのんで背筋を伸ばした。  めったに聞かない声だ。 「……存じております」  そして同じくらいに、どれほど面倒であってもやるべきことは誰からの文句も出ないくらいにやってしまうこともわかっている。  次の言葉を待っていると、アウルは立ち上がってクロウの目の前に立った。 「僕が私的に会いたいと、シャルロット・ウィングフィールドを招待してくれ」 「……かしこまりました」 「日程はなるべく早いほうがいい。調整を頼む」 「かしこまりました」  クロウが頭を下げるその横をすり抜けて、アウルは自室から出ていく。アウルが何を考えているのかわからないが、何かを動かしたことは確かだ。  シャルロットの手紙を丁寧に封筒に収めて、アウルの机の上にそっと置いた。  
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