ポテチストロベリー、チョコレートガム①

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 そこまで書いて、美夏は頬をほんの少し赤らめつつ小説投稿サイトの投稿画面を押した。   分厚い度入りの眼鏡は父親譲りのぺちゃ鼻なのですぐにずれ落ちてしまう。それを片手で直しつつ、1000文字程度の序盤も序盤の先ほど衝動的に書き上げた物語を自分で眺める。美夏は一人っ子で単身赴任した父親の持ち家に母と二人で暮らしている。そのため、恐らく父の自室だったろう場所を一人で使うことができ、優秀な大学をストレート合格する父親らしく天井にそびえ立つ本棚が美夏の自室の壁に纏わりついていた。本棚のほとんどの本は非常に難解で中学2年生に成りたての美夏にはチンプンカンプンだった。しかし、美夏自身は父親の血を容姿と共に色濃く受け継ぎ、自他共に認めるほどの文学少女だった。クラス内でのカースト位置は中の下、派手なグループと交わることは決してないが、オタクと嘲笑される程ではない。美夏は自分としてはいい位置にいると思っている。休み時間は読みたい本があるので、友人らとおしゃべりはしないが、体育のペア分けもすんなり決まるし、それに連は…。  美夏はクラス内外で人気の高い、スクールカースト最上位の連を思い、ずれ落ちそうな眼鏡を上げた。1年の時はクラスが違ったので、遠目にしか見たことなかったが、2年になり同じクラスになったのだ。そして飛びぬけた顔立ちに、スラっとした背に一目で心を奪われたのである。同年代の男子とは一線を博すその姿に憧れを持たない女子なんていないといえるくらい、連は人とは違うカリスマというものをその身に宿していた。  色恋沙汰になんの興味もなく、腋毛の一つも剃ってこなかった美夏でさえそうだった。席替えが行われ、連の隣になって5日目。連が自分のいる左隣に目を向けるたびに、心臓がはねた。それからもしかして自分を盗み見ているんじゃないのかと読書に集中できなくなった。そのために3日程度で読み切っていた分量ですら延長をしないと読み切れないぐらいだった。連のことを意識しすぎるあまり、唇の上の産毛を剃刀で切って、剃刀負けしてしまったりもした。まだ一番の友人にも話していないが、美夏は連のことが好きで、つい目で連のことを追ってしまうくらいに夢中だった。  美夏は家に帰っても机に向かわず友人と楽しくSNSでチャットをしていた。美夏の母は放任主義でないが、他の母親に比べれば宿題だのにまったく口出さない育て方をしてくれるので、美夏も気兼ねなく遊ぶことができる。  チャットの内容と言ったらまずクラス内での女子の振る舞いから始まり、今期のアニメや漫画、スタンプ連打などである。それからやはり連が話題に上がる。美夏は連と仲の良い友人の話を羨ましがりつつもスタンプ連打で嫉妬心をごまかした。  友人が夕食らしく、チャットが終わったので手持ち部沙汰になった美夏は借りてきた本を通学カバンから取り出したが、連がじわじわと現れ、読書の邪魔をするので読めなかった。86ページの時に、連が自分の好きな漫画の話をしだしたのだ。  それならと美夏はネットでサーフィンすることにした。御用達のケータイ小説投稿サイトを開き、ファンである投稿者が続編を投稿していないかチェックする。何人かは投稿していたが、今読みたかった作品の続編がなかったので新規の作品漁りをすることにした。  恋愛と限定し、とりあえず表紙やタグでピンときたものを見るが、イマイチピンとこない。面白くはあるんだろうが、どれもこれも似たり寄ったりに見える。小学生の頃はこうして物語を作れる人は皆すごいと思っていたが、年を取るにつれ、凄い以前にパクリじゃないのかと勘繰ることが多くなった。それと同時に赤川次郎や星新一、西尾維新と好きな作家ができてからどうしてもライトノベルは流し見する程度で、正直、幼稚に思えた。  スクロールするがやはりピンとくる作品はない。どうしてだろうか。世界が退屈になったのではなく、自分が退屈になったのだろうか。  ベッドに寝転びながら、人差し指でスクロールし続けていると、とある作品が目についた。別にタイトルや面白そうだから目についたわけではない。説明文に作者が年齢を公開していたのだ。その作者は美夏と同い年だった。  (え!この人14歳!?同い年だ、小説書く人はみんな年上だと思っていた)   小説は3000文字程度で会話ばかりだったためすぐに読み終えた。オタクで地味な女子が恋をして見違えていくというストーリー構成でするすると話を飲み込めた。  テンポは単調で、地の文は少なく会話主体で起承転結があやふやだったが、ちゃんと物語として成立していた。そこが美夏はすごいと感心した。それに14歳なのだ。  (いいなぁ、こうやってちゃんと話を書けて、人から評価されて)  やってみようか。  美夏はおもむろにベッドから転げ落ち、スマホを両手で握りこんだまま勉強机へと向かう。通学カバンから自由帳(落書きノート)を取り出し、新規のページに設定と大きく書く。小説はキャラが命であると、西尾維新先生は言っていた気がする。大きく書いた設定の下にあまり上手とは言えないセミロングの女の子の正面顔を書き、その横に梨香と、名付けた。   勢いに任せることが大事なのだ。頭の片隅に見たばかりの小説が浮かぶが、落書帳に梨香と後に付き合うことになる拓を自分流に動かす。3ページ目に差し掛かるぐらいでプロローグが書き終えれ、その完成度に自分自身で驚いた。書き上げたものをスマホに打ち込み、改めて読み返すが、14歳にしては、はじめてにしては、私にしては、ちゃんと文章が成立している。  ドキマギする心臓を抑え込み、震える手で投稿を押した。次の内容が思い浮かばないが、気が付けば2時間も立っていたが、これは大きな一歩だと妙な充実感に身をやつした。      
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