100人のご令嬢

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100人のご令嬢

 どれほど落下したのか。  緩和材などなにも用意されていないむき出しの床に落ちたのに、雪平は負傷をしなかった。痛みもすぐに治まり、立ち上がることができた。  着いたのは長い廊下だった。  明かりが少なく、風化したネオンライトのような明かりがぼんやりと先の道を照らす。  地下にこのような果てしなく長く伸びた廊下が存在するのか、はなはだ疑問だ。一望して窓のない、洋館風の廊下がまっすぐに横に延びている。ホテルの客室のように、等間隔でドアが設置されていた。むやみにドアノブをひねる勇気もなく廊下を歩いていくと、つきあたりに観音開きの扉があった。わずかな 角度で開き、中から明かりが漏れていた。  雪平は警戒しながらのぞきこむ。そこは広間だった。結婚式披露宴の会場のように、テーブルと五人掛けのイスがセットになったものが複数用意されていて、飲み物や軽食が壁沿いの長テーブルに置かれていた。  いや、そんなことより――  ドアを大きく開けると、いっせいに多くの視線が雪平を囲んだ。  会場には先客がいた。それもざっと百人ほどの大勢の人物だ。驚くことに、見たかぎり全員が揃って雪平と同年代の若い女だった。  それもある種の特徴があり、雰囲気が似通っていた。みな一様に学校の制服を、崩すことなくきちんと着こなし、スカート丈は長め。私服の者もちらほら目に留まったが、清楚な身なりをしていた。  つまり、『ご令嬢』である。  彼女たちは雪平を鏡で映したように、戸惑いの目でこちらを見ていた。ざわざわとした声を拾うと、同じように気がつけば「ここ」にいて、なぜ自分がここに来たのがわかっていない者ばかりのようだった。  そんなおかしい状況で、飲食物に手を着けているものは皆無だった。  雪平は近くにいたブレザーの少女に声をかけた。 「今日はどんな催しなのかしら。招待状も頂いていないし、この集まりがどんな趣旨なのかさっぱりなのだけれど。主催者の方はどなた?」 「それが、誰もわからないみたいです……」  目を泳がせながら、ブレザーの少女が答える。 「出口を探したけれど、見つかっていませんし、電話もないし、なぜか誰もスマホをもってきてないんです。あなたもそうだと思います」 「フム。なるほど」  雪平はポケットをさぐり、自分が手ぶらであることを確認した。少し涎のついたハンカチだけはもってきていたが、この場合特に役には立ちそうもない。 それどころか嫌な記憶が蘇る。  もう少し彼女に話を聞く。先に着いていた者たちが用心しながら試したが、長い廊下に並んでいた扉をあけると、中はホテルの宿泊施設のような設備になっていた。ツインルームで、ベッドとバスルームがある。内鍵がかかるようになっている。部屋はちょうど百あり、そのどれもが同じ間取りと内装だ。部屋 の中には誰もおらず、虫一匹も見つかっていない。とのことだった。 「ありがとう。さて、もう少し建設的に情報を交換した方がいいかもしれないわね」  雪平は流れるように自然に腕を振り上げ、全員の耳に届くように声を張っていた。 「みなさん! わたしの名は雪平一代。僭越ながら、この場の総リーダーに名乗りを上げますわ」  大勢の聴衆の耳を傾けさせるのは容易なことではない。客が全員お金を払って来ている、大ファンばかりの集う講演会でもないかぎり。けれど、よく響く透き通った声で、雪平はその場にいる全員の視線を集めた。 「わたしもあなたがたとまったく同じ状況。今のこの事態がさっぱり理解できていませんの。でもここでただ突っ立っていても仕様がない。みなさま気を確かに。今から五名のグループに分かれてテーブルにつき、まずグループの中で代表者を決めてください。立候補者がいなければ、そうね、じゃんけんで決めましょう。代表が進行役を務めてください。まずそのグループ単位で情報を交換します。各自己紹介、ここに来るまで何があったか、この場所に閉じこめられた原因が思いつくならそれを話す。時間は手短に一時間とします」  廊下にもこの広間にも窓のない場所で、時間の感覚がわかりにくいが、壁には時計が掛けられていた。長針は5を指している。5時。放課後の教室からここに移動したため、夕方の五時だろうと雪平は見当を付けた。 「一時間後、リーダーだけが集まって各グループのまとめを簡潔に報告しあう。この方法で皆の状況をすみやかに把握しましょう。もっと良い方法をお持ちの方がいたらご意見伺いたいところですが、今はこの緊急事態。多少強引でもこれで進めさせてもらいますわ。よろしくて?」  雪平は慣れた様子で、てきぱきと物事を進めた。戸惑いの目は向けられたが、反対の意をとなえる者はいなかった。  学校の中の見知った者同士というわけでもないので、グループ分けに揉めることはなかった。全員が初対面だ。とにかく事態を前に進めたい……彼女たちの思いは同じだった。  誰もが手近なイスを選んで腰掛け、五人ずつでちょうどキリがよくグループができた。テーブルが五人掛けにセットされていたからそう言ったのに、まさか本当に五で割れる人数だったとは。偶然なのか、それとも……。  雪平もまた、席に着いた。  はじまった。
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