三人目の悪役令嬢 高倉梅

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三人目の悪役令嬢 高倉梅

 さて三人目。  少し間をあけてからおずおずと小さなアクションで手を挙げて、和装少女が話してもよいでしょうかと目で尋ねてくる。どうぞどうぞと雪平も両手でリアクションを返した。 「よかったぁ。わたし、高倉梅です。もうすぐ十六歳。女学校に通ってます。詩や文学が好きで、将来は自分も文筆家にって思ってるんだけど。ふう。そんなに甘くはないですよね」  雪平がいる社会では、女性が羽織袴を身につけるのは、大学卒業の記念式典のときの晴衣装くらいのものだ。それ以外では袴を着る部活や習い事をしている人しか機会がない。彼女は大正時代をリアルタイムで生きる女の子なのだーー。  その時代、女学校に進学したのはほんの一握りだろう。本物の名家のご息女という感じがした。  玲子もマジョリーも、いかにも悪役令嬢という風味を帯びていたが、梅にそんな雰囲気はない。おっとりとして真面目な、正統派ヒロインに思える。現代人と違って驚くほど小柄だ。手がお人形のように小さくてきめ細やかな肌だった。 「まさかとは思うけど……あなたも『悪役令嬢』なの?」 「アクヤクレイジョウとはいったいなんのことやら……ですけど」  小首を傾げ、一拍おいてから梅は、話し始めた。 「ここではほんとうのお話をしていいのですよね。みなさん、自分とまるで関わりのない遠くに住んでいるようですもの。ほんとうの気持ちを告白しても、かまわないのですね」 「そうだな、私も普段は家族にも絶対に言わないようなことを話したし」  玲子が力添えをするようにつぶやいた。  なにしろ、この謎の空間から脱出する手がかりがどこに潜んでいるのかわからないのだ。みなで腹をわって情報を交換し共有することが第一歩となる。  わかりました、と告げ、梅は腹をくくったように口を引き結んだ。 「わたしがお慕いしているのはこの世でたった一人、わたしのお兄さまです。一番上の兄です。血のつながりがないだとか、そんな三文小説のような話ではありません。ほんとうの兄。だって、驚くほど似ているのだもの。他人のはずがない。顔もそうだけれど、なによりも魂の形が近しい。わたしは七人兄弟の 五番目で、長兄とは年が十七も離れている。心苦しいです。もっと年が近ければよかった。おそらく彼の方がわたしより早くに亡くなるでしょう。胃弱もちで、身体が弱いのです。わたしの元気さを少しでも分けることができたら……。他人として出会いたかったとは思いません。他人だったらきっとお互い惹かれていなかった。血のつながりが何にも代え難いふたりの絆なのですから」  ゆっくりとした話し方の節々に、硬い芯が通っていた。金槌のような重く強い凶器が、彼女の中に隠れていた。 「わたしと長兄は、生涯独身で、人生を支え合うと決めています。でも、もちろんそんなこと誰にも打ち明けていません。家族、親戚、友人たちにも隠し通して墓場まで持って行く覚悟です。なのに、突然なんの前触れもなく、嵐のようなあの子が――」  梅はテーブルの上に置いた手を、強く握りしめていた。  雲行きが怪しくなってきた。 「長兄は婦女子に人気があります。薄倖の美男子といった風体で、抜けているところがあり、思わず隣で支えてあげたくなるような人なのです……。三十を過ぎてものらりくらりと身を固めない兄に、両親が見合いを半ば強引にすすめた。もちろん長兄は断りました。けれど、見合い相手の女性が、長兄をたいそ う気に入ってしまって、結婚のことはいったん脇に置いてお友達になりましょうと個人的に訪ねてくるようになって……! ずうずうしいったら。今までなんの問題もなく過ごしてきたのに。あの女のせいで、穏やかな日常は崩壊した。知られてしまったの、わたしと長兄の関係が……ずっと隠し通してきたの に。もしこれが父と母の耳に入ってしまえば、わたしたちはどうなるのか……」  語尾がふるえて、梅は肩を落としてそれきり黙った。己を律するように何度か瞬きし、姿勢を正してから、そうして、気が付けばここにいました、と結んだ。  雪平は固唾をのんで見守りながらも、冷静に心のどこかで分析していた。まっすぐで健康的な大正乙女に見えた梅は、禁断の近親愛の大海にダイブするような子だった。兄のお見合い相手という人物の視点からこの出来事を見据えた場合、思い人の実妹が恋のライバルだなんて洒落では済まない。最強にして最 悪の「悪役令嬢」なのではないか――。  やはり、ここに集められた少女たちの共通点は、これなのか。  雪平は思い至る。  悪役令嬢!  しかし、なぜ? 一同に会する理由がわからない。  慎重に、四人目に視線を送る。最も理解が遠く及ばない外見をしている、灰色のロボットのような少女に。
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