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***
「ごちそうさま」
結局、食事中、母さんが受験結果について何か突っ込んでくるようなことはなかった。
僕はド派手なゲップと共に椅子から立ち上がる。
やおらドアノブに手をかけたとき、
「リョウ」
何ごとかと振り返る僕に、母さんはいつになく落ち着いたトーンでもって、
「あんたがダメな人間だから受験に失敗したわけじゃないんだからね」
「…………」
「今回たまたまダメだっただけ。運が悪かっただけ。ただそれだけなんだからね。あんた自身は絶対にダメな人間なんかじゃない。そこだけは勘違いするなよ?」
不意打ちだった。背後から脳天にネリチャギを食らわせられたかのようなインパクトだった。
唖然と立ち尽くす僕。頭の中でひたすらにリピートを繰り返す、今しがたの母さんのセリフ。
途端に現実に引き戻されてゆく。
学歴なんて関係ないと粋がってはみたものの、僕は所詮、辛く苦しい受験勉強から逃避し、闘うことを放棄した敗北者に過ぎない。
何がいずれ世界のロックシーンを牽引するビッグな男だ。何が一千万人に一人の才能の原石だ。ギターの一つだって、Fコードの一つだってまともに弾けやしないじゃないか。
母さんの予期せぬ優しさに心の真芯をえぐられて間もなく、なんだか自分自身がひどく情けなく、しょうもない奴に思えてきた。塾まで通わせてもらったのに、僕は両親を裏切ったも同然だ。
自責の念と共に目頭の辺りが徐々に、徐々に熱を帯び始め、
「……っ」
気づいたときには、その場に泣き崩れていた。
込み上げる涙がひとたび頬を伝うと、そこからはもう一瞬だった。
堰を切ったように、それこそクラスメイトの阪本さんのように、いやそれ以上の豪快さで僕は、嗚咽交じりに醜態を晒し続けたのだ。
母さんは、眼前で小刻みに肩を震わせる息子を慰めるわけでもなく、宥めるわけでもなく、
「はんぺんチーズフライ、また作るね」
とまるで独り言のように、ぼそりと呟いた。
「また作るから」
「…………」
「楽しみにしてて」
「…………うん」
それからしばらく、僕は泣き続けた。
母さんは何ごともなかったかのようにテレビを見続けていた。
変わらなければと思う。本気でそう思う――。
生まれて初めて自分自身と真摯に向き合った夜。
口いっぱいに頬張ったはんぺんチーズフライの味を、こぼれ落ちた涙を、母さんの優しさを、僕は一生忘れまいと心に誓った。
「はんぺんチーズフライって、とってもエモーショナルな味がするんだね」完
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