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雪解けの住宅地を五分ほど歩いた頃だろうか。タバコ屋の角を右に曲がったところで、期せずして見知った顔が視界の先に映り込んだ。
あれは、クラスメイトの阪本さんだ。
阪本優さん。通称ゆってぃ。女子テニス部に所属する活発ガールで、すこぶる成績がよく、まさに模範生のような女子生徒である。記憶が確かならば偏差値七十オーバーの、県下有数の進学校を目指していたはずだ。
クラスメイトとはいえ彼女とまるで接点がない僕は、それゆえに目の前を素知らぬ顔で通り過ぎてやろうと心に決める。
しかし、しかしだった。途中、僕はどうにも見過ごすことのできない異変に気づいてしまう。
「……泣いてんじゃん」
そう、彼女は泣いていた。人目もはばからず、ひっくえっくと大粒の涙を流していたのだ。
阪本さんの隣をぴたりとつける、母親と思しき恰幅のいい中年女性の唇からは「泣かないの」という弱々しい声が漏れている。勘の鋭い僕が、阪本さんの涙の理由を理解するまで、そう時間はかからなかった。要するに彼女は、志望校に落ちたのだ。
意外だった。意外でしかなかった。誰もが認めるあの優等生が、まさか受験に失敗するだなんて。
伏し目がちに歩きながら、すれ違いざまに僕は、阪本さんに心で「ドンマイ」と呟いた。彼女はこの世の終わりみたいに泣きじゃくったまま、言わずもがな僕の心の声に気づくはずもなく、ただただ母親のたくましい腕に抱かれていた。
イヤフォンからは相も変わらず洋楽が流れ続けている。
なんちゃらギャラガーがバラード調のメロディに乗せて「ストップ・クライング・ユア・ハート・アウト」などと歌い上げている。
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