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玄関に上がるや否や「どうだった?」と駆け寄ってきたエプロン姿の母さんに「落ちた」とたった一言告げた僕は、逃げるようにして二階の自室へと向かった。
結果についてあれこれと口出しされたくなかったのだ。
たかだか高校受験に失敗したくらいでなんだというのだ。だいたいにおいて僕は、いずれ日本の、いや世界のロックシーンを牽引するビッグな男である。一千万人に一人の才能の原石なのである。学歴なんてまるで関係ないのである。クソ食らえなのである。
四畳半のしみったれた部屋。中古CDやグラビア雑誌が乱雑に放置された男臭い一室。冷たいパイプベッドにだらしなく寝転がりながら、天井に滲むサロマ湖みたいなシミをぼうっと見つめ続けていると、やがて睡魔は忍び足でやってきた。
「…………」
午後七時過ぎ。ただならぬ空腹で目覚めたとき、窓の外はいつの間にか濃紺に染まっていた。階下からはちょうど折よく母さんの「ご飯できたよー」の声が響いている。
当初の予定では丸一日この部屋に引きこもるつもりでいたのだが――人間の三大欲求の一つ、食欲と葛藤することわずか二分。計画はあまりにあっさりと頓挫してしまった。
キィキィと軋む十四階段を緩慢な動作で下り切った僕は、リビングへと続く立てつけの悪いドアの前で一度、呼吸を整える。
「ふう……」
意を決しドアノブを回す。右足を踏み入れる。夕食の芳しい香りがふわりと鼻先をかすめる。北欧風ダイニングテーブルには色彩豊かな料理の数々が並び、そして母さんだけがぽつりと定位置に着いている。鉄道会社に勤める父さんは絶賛勤務中。年の二つ離れた妹はまだ塾から帰っていないらしい。
僕は、母さんの差し向かいに何食わぬ顔で腰を下ろすと、
「いただきます」
さっそく食事に手をつけた。
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