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長居は厳禁。なるべくしゃべる隙を与えてはならない。自分自身にしかと言い聞かせつつ、どこぞのフードファイターにも負けず劣らずの食いっぷりを見せる僕をよそに、一方で母さんはというと意外や意外、受験結果について何一つとして触れてきやしない。
もしや、こちらに気を使ってくれているのだろうか。頬杖を突きながら、俗っぽいミュージシャンらが勢ぞろいする音楽特番に見入っている。あるいは見入っているフリをしている。
僕は内奥から湧き上がる安堵と共に無言を決め込み、ひたすらに飯をかき込み、しかし次の瞬間、
「何これ?」
思わず呟いていた。テーブルの端で圧倒的存在感を誇示する見慣れぬ一品を前に、どうにも尋ねずにはいられなかったのだ。
黄金色の衣に包まれた、四角い、手のひらサイズの物体X……。
「これはね、はんぺんチーズフライっていうの」
「はんぺんチーズフライ?」
「昨日テレビで紹介してて、なんだか作りたくなっちゃったのよね。食べてみて」
促されるままに、そのはんぺんチーズフライとやらを一つ、箸でつまんでみる。
果たしてどんな味が、どんな食感がするというのだろう。
喉の奥がごくりと音を立てる。緊張がほとばしる。
僕の脳内で「革命」の二文字がバネ仕掛け然として躍ったのは直後のことだった。
「……うまっ!」
熱々、サクッサクの衣。
中からひょっこり現れる、白く、ふわっふわのはんぺん。
さらに食べ進めると濃厚かつ、とろっとろのチーズが顔を出し、舌に絡みついてなかなか離れない。
「うま過ぎるよ、これ!」
己が感情は今やマグニチュード八・〇クラスでもって大きく揺さぶられていた。
これほどまでにうまいものが、この世に存在していたなんて……。
瞳に小宇宙の輝きを宿らせながら、そのあまりの衝撃にしばしの間、僕は言葉を失った。
目の前では母さんが微笑んでいる。
じっと黙したまま、ルノワールの「ジャンヌ・サマリーの肖像」みたいな表情をこちらに向けている。
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