ありがとう 憂うあなたへ ヘーゼルナッツ

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 沢山お食べ。  別に好きでもないヘーゼルナッツを、祖母はにこにこしながら嬉しそうに私にくれる。ルージュの口紅。二週間前から祖母はよく使うようになった。たぶん、またおめかししたい年頃なんだろう。 「……(うち)にいる時間の方が多いのに」  人間、見られてなんぼだって、祖父の口癖。背筋をピンと伸ばして、リビングで本を読む祖父の身体には、私よりも半世紀も年上なのに、鍛え上げられた精悍な肉体美がある。  留守番電話に入っていたセールスじゃないけど、若々しさはそれなりに印象を良くする効果があるのは事実だった。たっぷり歳を重ねた雰囲気というのも、また乙なものだとは思うけれど。 「どうしよっかな、このナッツ」  つまるところ、私はヘーゼルナッツというものが苦手だ。  大事に取っておいた、日焼けの色がノスタルジックな古い漫画のような甘い匂いに、口に広がる渋皮のクラスかえ初日に春課題を忘れたような苦さが、口内を往く。  クリーニングしたての高校の春服のまま、祖母の姉が生前好きだった百合の花の香りの漂うリビングで、お皿に盛られたナッツとにらめっこ。  困るなあ、と内心で襟足を掻く私に、祖父が口を開いた。 「食べないのか?母さんのお茶うけ」 「け、結構な量だし、それに、お、お腹いっぱいなの……」 「――残すくらいなら、俺が食べるが、その前に」  肉量が雄大な山脈のような祖父が、そのずっしり引き締まった太い腕をゆっくり動かしながら本を閉じる所作は、祖父の穏やかな性格を知っていても、身構えずにはいられない。  居住まいを正した私は、豪快でいて精緻な巨像のような祖父の肩回りがそっと動き、優しく両手を組むのを捉えた。確かな温かさを孕み揺蕩う細い両の眼には、人を惹き付ける何かが宿っていて――。  手の平に滲んでいた汗も忘れて、私はすっかり祖父に見入ってしまっていた。
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