9、恋人のオレら、同僚の俺ら

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駅前の商店街にオープンしたカフェが今日の取材先だ。今日は【あさとひるのあいだ時間】コーナーのスペシャルデーとして、清武さんも一緒に取材することになっていた。三人で取材なんて初めてだ。 黒を基調とした、シンプルなインテリア。花ではなくてサボテンや観葉植物で店内が色どられている。女の子向けのナチュラルな店と一味違う、男性一人できても絵になる雰囲気だ。 「おー、こりゃいい雰囲気だな。ゆっくり出来そうだ」 清武さんはかなり気に入ったのだろう、店内をあちこち見ている。 「今日はよろしくお願いします」 オーナー兼店長の三井さんは背の高い人だった。 なんだこのいい声。顔もいいし、こりゃオーナー目当ての子が来そうだな。 「僕も映るんですかっ?」 店員の嶋くんは元気のいい子だ。二人のでこぼこ具合が面白い。 「ここはバイトなんですよね?会社勤めしてるなら、映らない方がいいですか?」 清武さんがそう言うと、嶋くんはぶんぶんと頭を振る。 「副業オッケーだから大丈夫!それにコウさんと一緒に写りたいです!…あ」 慌てて口を塞ぐ嶋くんに、清武さんはじゃあ一緒に、と笑う。 少し照れた顔を見せる嶋くん。 「付き合ってんなこの二人」 カメラを持った河本が隣で呟く。いやまあ、確かにオーナーを下の名前で呼ぶバイトに違和感はあるけど… 「そうか?仲良いだけじゃないの?」 「カメラマンの目はごまかされない」 ぶはっと思わず笑ってしまった。 「そろそろ本番でーす」 コポコポと湯が湧く音に、ふんわりと香るコーヒー。香りだけはテレビ画面から伝えられないのが残念だ。白い陶器のようなザラザラしたマグカップに注がれるコーヒー。 「お前、いつもみたいに先に砂糖入れんなよ。ちゃんと本来の味を味わえ」 「う、うるさいな!最近はブラックなんだよ!」 カメラを回しながら河本がいらないことを言ってくるもんだから、オレはついつい反論する。こんなくだらないとこもディレクターはそのまま放送するのだ。そのあとぎゃあぎゃあ言い合いがエスカレートすると、怒られるけど。 オレは差し出されたコーヒーを口にする。コーヒーはそんなに詳しくないけど、これはかなりうまいと思う。何も入れなくても美味しい。 オレは思わず口元が緩んで、コーヒーを眺めていた。そんなオレの顔を撮っている河本に気づいて視線を向けるとカメラの横で河本が微笑んでいた。 その顔は、同僚に向けるものじゃない。二人の時に見る顔だ。 うわ、なんだか恥ずかしい。慌てて前を向きもう一度コーヒーを飲んだ。 取材が終わり、清武さんもコーヒーを飲みながらご満悦だ。三井さんと歳が近いのか、取材後でも二人で盛り上がっているようだった。 「ほら、赤城。見てみろ」 「あー嶋くん妬いてるね」 三井さんの隣で嶋くんが少しむくれた顔をしながら、食器を拭いている。感情丸出しで、可愛いな。 「誰かさんもあれくらい、素直なら可愛いのにな」 河本がそう言うので、オレも負けずに返す。 「あんなに彼氏がカッコよかったら妬くよなー、誰かさんと違って大人だし」 はあ?と二人で睨み合う。 「そもそもお前が…」 ぎゃあぎゃあ言い始めたオレらを、清武さんもスタッフも気にすることなく片付けをはじめていく。 ああやっぱりオレらは、言い合いしないと始まらない。 オロオロしてるのは、嶋だ。河本と赤城の言い合いを見ながら心配する。 「喧嘩始めちゃったけど大丈夫かなぁ」 隣で見ていた三井は少し微笑む。 「…喧嘩、かな。俺には戯れあってるように見えるけど…ねぇ清武さん」 カウンター越しに清武が答える。 「あー、あの二人なら放っておいて下さい。いつもあんな感じですから」 ははは、と笑う清武。 「喧嘩するほど仲がいいってことですよ」 【了】
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