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番外編 恋の終わりとはじまり 2
「そっか、彼氏出て行ったのか」
赤城さんが飲みに誘ってくれた。サシで飲むの初めてだ。てっきり僕が苦手なんだろうと思ってたんだけど。隆司が出て行った理由を話しながら、僕は焼酎を飲む。
「僕、どこで間違えたんでしょうね。単純に体を心配してたのに、どんどん追い詰めてしまって」
「…彼氏は忙しくて世界が狭くなってるんだよ。少し余裕がでたらきっと、白木の大切さに気づくと思うよ。長く付き合ってきたんなら尚更さ」
な、と顔を覗き込まれた。多分赤城さんは一生懸命慰めようとしてくれている。
こんなところが、河本さん好きなのかな。
三日たっても一週間たっても隆司はかえってこない。合鍵は持っているままだから、きっと僕がいない時に荷物を取りに来てそのまま鍵を郵便受けに入れて、もう僕の前から完全にいなくなるんだろうな。
何が悪かったんだろう。
一緒に引っ越ししたから、同棲を始めたから、付き合い始めたから…
こんなことなら友達のままでいたらよかった。学生時代の思い出もなにもかも、無くしてしまうなら
恋人なんて、ならなきゃよかったんだ。
今日も僕は誰もいない部屋に帰る。
もう慣れてしまった。コンビニで買った弁当を温めて、テレビを見ながら食べて…
玄関の鍵を鍵穴に入れて回す。すると、鍵がかかってしまった。やばい、朝、鍵をかけるのを忘れていったのかな。泥棒入ってないといいけど…
恐る恐るドアを開けて入った途端、ふうんわりと美味しそうな香りがした。それは肉じゃがの香りで…
何でこんな香りがするんだろうと思いつつ、靴を脱ぐ。するとそこにあったのは僕のサイズよりひとまわり大きな革靴。
まさか、まさか!
僕は慌ててキッチンへ駆け込む。するとそこにはおたまを持った隆司がいた。
「隆司…っ」
少しバツが悪そうにしている隆司めがけて僕は走って抱きついた。
「うわ、危ねぇっ」
「うるさい!うるさいっっ」
一気に涙が溢れてあっという間に顔がぐしゃぐしゃになる。隆司はため息をついておたまを置くと、僕の頭を撫でた。
「ごめんな、祐介」
ばか隆司はそのまま、ぐちゃぐちゃになった僕にキスをした。
赤城さんのいう通り、仕事が忙しすぎて余裕がないところに僕が追い討ちをかけていたのが原因だったようだ。初めは僕が心配してくれているのだ、と思っていたけれどそんなことを思えなくなるほど余裕がなかったらしい。
「上司に言われたよ。家を出てまで会社に貢献しなくていいって」
苦笑いする隆司。どうやら隆司の様子がおかしいことに上司が気がついて聞いてきたらしい。そこで隆司が正直にいうと、説教を食らったのだという。
「…じゃあ、その人が言わなかったら戻らなかったの?」
「いや、もう限界だったんだ。ただ、変な意地貼ってたからさ…今考えたら本当に馬鹿だな俺」
そう笑う隆司は久々に見る優しい顔だ。
「一緒に引っ越しまでしてくれた祐介にこんなに寂しい思いさせて、本当にごめん」
隆司が深々と頭を下げる。ああそんなに頭を下げないでよ…
「僕も隆司の心配、なんていいながら自分の気持ちばかりだったんだ。だからそんなに謝らないで」
ほっぺたにキスをすると隆司は泣き笑いのような笑顔を見せた。そしてそのまま、キスをしてきた。
「ん…」
舌を絡めた甘いキス。ああ隆司だ。
「明日、仕事だけど…いい?」
隆司の言葉に僕は笑いながら答えた。
翌朝。久々の腰のだるさが身に染みた。結局、今朝も起きた後についついやってしまった。久しぶりの隆司の体温に我慢ができなくて。
あくびをしながら職場に着くと、河本さんと赤城さんが一緒に出勤していた。声をかけようとしたとき、気が付いたんだ。
腰をさすりながら歩く赤城さん。それを見ながら、手を合わせて謝るような仕草をする河本さん。
僕はピンときた。お二人さんお祝いしなきゃな!
「お腹壊すから、ゴム 忘れないようにしてくださいね河本さん」
「おいこら!何でそっちに言う!」
赤城さんが真っ赤になってそういうものだから、河本さんがため息をついた。
そうかあ、そういう立ち位置なんだね。僕はつい、ニヤニヤしてしまった。
きっと隆司が戻ってきてなければこんな気持ちにはなってなかったかもしれない。やっぱり幸せな朝を迎えるには、隆司が必要なんだ!
「…あ、そうそう、彼氏と仲直りしました」
心配してくれていた二人に報告すると、ホッとしたような顔で赤城さんが言う。
「よかったじゃん。また一緒に住むんだろ」
「はい。今朝もヤってきましたよ!」
そう答えると、二人はギョッとして固まっていた。
さあて、今日も仕事頑張ろう!
今晩は昨日、隆司が作ってくれた肉じゃがが待っている。一晩、味が染みたその肉じゃがを二人で突きながら笑い合おう。
僕はウキウキしながら、スタッフルームへと足を向けた。
了
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