第一部あなた 第三章31

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第一部あなた 第三章31

 もう秋も深まって肌寒い日もあるのに。  今日は暑いな。  病み上がりの景之亮は、まだ自分が熱っぽいのかと疑ったが、恢復した今朝同様に体は軽く、だるさもない。そこでこの部屋の中が暑いのだと気づいた。  夜風にあたり過ぎるとまた風邪を引いてしまうかもしれないが、少し外の風にあたろうと思った。  庇の間に出て行った時に、庭から声が聞こえた。  誰か邸の者が庭を歩いているのだろうか。同じように暑くて外に出てきた者がいるのかもしれない。  景之亮は耳を澄ました。 「ここ?ここでいいの?……この階の上が景之亮様の部屋?」  ?  景之亮は庭から聞こえる声に驚いた。  小さくて途切れ途切れに聞こえてくる女人の声。この声は……  聞き間違うことはない。  蓮⁈  景之亮は頭の中にその人が浮かぶと同時に、妻戸を押して簀子縁に飛び出た。 「鹿丸……覚えていないの?」 「……私は佐田祢様の後ろについて行くだけなのです」 「まぁ、そうなの?」  庭を見ると、階の下に二人の人影が見えて、そこから話し声が聞こえる。  「蓮?」  たまらず景之亮は声を出した。  すると、人影が一斉にこちらを振り向いた。 「……景之亮様!」  一人がこちらに走って来る。近づくにつれてその姿が露わになった。 「蓮、どうして?」  簀子縁の下から蓮が景之亮を見上げている。 「……ああ、本当にお元気そう」 「どうしてここに?」 「景之亮様に会いたくて」  と蓮は満面の笑みで答えた。薄い雲を通して届いた月明かりでその瞳はきらっと光った。 「明日会いに行くと佐田祢殿にお伝えしていただくように頼んだのだ。聞いていないのか?」 「聞いたわ。でも、心配だったんだもの」  蓮の後ろに視線を転じると、佐田祢医師と一緒に来ていた若い男が立っている。邸の道のりを知っているこの男に道案内をさせて来たのだ。岩城のお嬢様に連れていけと言われて、仕方なくここまで案内してきたのだろう。叱られることに怯えているのか、身をすくめて小さくなっている。 「蓮……」  こんな夜更けに邸の者を付き添わせて返すことはできない。  景之亮は蓮を部屋に泊めて、明朝、送り届けることに決めた。 「おい、誰かいないか!」  景之亮の声に簀子縁の奥から舎人の男が現れた。景之亮は庭の若い男を指して。 「この人を部屋に案内してくれ。今夜寝る部屋だ」  舎人は庭に人がいるのに驚いたが、すぐに階を下りて庭から部屋へと案内した。 「蓮は階を上がっておいで」  簀子縁の上から景之亮は言うと、階の方へと歩き出した。蓮も合わせて階へと走り、沓を脱いだ。放り出すように脱ぎ捨てたため、片方は裏返っている。揃えて置くことに気が回らない。 「景之亮様!」  蓮は階の上まで駆け上がると、待っている景之亮の胸に飛び込んだ。 「こんな夜更けに出歩いて、危ないだろう」  蓮を抱き留めて、景之亮は言った。 「ごめんなさい。でも、景之亮様に会いたかったの。病気でお苦しみになったと聞いて、私の手で看病したかったのに、ここに連れてきてもらえなかった。ただじっと景之亮様の快復を待つだけなんて、辛かったわ」  言った言葉に一つの偽りもないことを教えるような無垢の目で蓮は景之亮を見上げた。  景之亮はあの夜のことを思い出していた。蓮の兄である実津瀬を守るために月の宴が行われた夫沢施の館に行った時、想定外に現れた蓮を。危険だろうと自分の気持ちのままに進んでしまう人だった。 「無事にここまで来られたからいいものを、近頃の都は物騒だ。危ないことはしないでおくれ」 「もうしないわ」  もうしないって、供がいるからと言って夜更けにふらふらとで歩くなんてこと二度としてほしくない。  会いたいのに会えなかった日々を乗り越えての再会だというのに、お説教を言われて蓮は少し不満そうだ。 「おいで」  景之亮は妻戸を引いて蓮を中に入れた。  妻戸を閉めるとどちらからともなく再び抱き合った。  景之亮は簀子縁に出た時、夜のひんやりとした空気が肌に触れたが、蓮との抱擁で体の内側が熱くなるのを感じた。 「びっくりしたよ。部屋の中が暑いと思って、簀子縁に出てみると庭に蓮がいるんだから」 「佐田祢から聞いたわ。熱も治まって今日一日安静にしたら、明日は宮廷に出仕できるって。その後、私に会いに来てくださるって。でも、それよりも早く会いたいと思ったの。朝を待てなかった」  それを聞いた景之亮は蓮を横抱きに抱き上げて、奥の部屋へと進んだ。褥の上に上がり、景之亮は座った。 「景之亮様」  蓮は景之亮に自分の顔を近づけた。 「少しおやつれになっている」  伸びた髭に覆われた景之亮の頬に手を当てた。 「こんなのは一時だ。食欲も戻った。今朝からよく食べている」  景之亮は蓮の体を褥の上に下ろした。蓮は景之亮の前に正座して座り直そうとしたら、景之亮が腰に手を回して引き寄せた。蓮は胡坐をかいた景之亮の足の上に載るかたちになった。 「蓮」 「はい」 「私も会いたかったよ。数日会わないことは何度もあったが、熱でうなされて辛いと思う中でことさらに会いたい気持ちが募った」  それを聞いて蓮はにっこりと笑って、景之亮の両頬に手を伸ばして捉えると、遅れて自分の顔を近づけて景之亮に口づけた。   景之亮は蓮の体を腕で囲って抱き締めた。蓮も景之亮の胸に頬を付けて抱かれた。  しばらくそのままだったが、景之亮は小さく息を吐くと、蓮を抱く力を緩めて褥の上に置いた。  蓮は正座をして、次に景之亮が何を言うのだろうと待った。   景之亮の鼻を汗の臭いが突いた。  こんなことならもっと部屋を換気し、掃除をしておくのだった。  褥の周りには中身のない水差しと椀が横になって転がっており、読みかけの巻物が乱雑に置かれている。  これから蓮にすることを思うと、このように古びた邸のすえた臭いのする散らかった部屋が初めての場になるのを申し訳なく思う気持ちが沸き上がった。しかし、景之亮の蓮への欲情はそれを抑え込んでしまった。  景之亮は脇に下ろしていた右手を上げて、迷いなく蓮の腰の帯に伸ばした。  蓮は景之亮の右手が真っすぐ自分に向かって来るその動きを目で追った。その手が自分のお腹の前で結んでいる帯を触るのを見て、顔を上げると、眉が下がって困ったような表情をした景之亮の顔があった。  景之亮様……  蓮が今まで見たこともない景之亮の表情に吸い込まれて行くような感覚でいると、お腹の周りがゆったりとした。蓮はお腹の前を見ると帯の結び目は解けていた。  蓮が戸惑った様子を見せる間もなく、景之亮は蓮の上着の襟に手を伸ばした。一枚一枚と蓮が見込んだ上着を脱がし、薄くて肌が透けて見える肌着だけになった。躊躇なく蓮を包む最後の布も景之亮は取り去ってしまい、蓮は何も纏っていない姿になった。  景之亮は立ち上がると急いで自分が羽織っていた上着とその下の肌着を脱ぎ捨てて裸になった。  景之亮の衣服を脱ぐ動きや物音を蓮は正座をして体の左側を向けて聞いていた。景之亮の姿を見られなくて、両手で頬を覆い、下を向いていた。  景之亮は膝をついた態勢で、褥の上を二度手の平で撫ぜた。これから蓮をこの上に寝かせるのだ。乱れた褥を少しでもきれいに見せたかった。  裸の体を横たえて、左肘をついて上体を支え、景之亮は右手を蓮に差し出した。 「蓮」  蓮は呼ばれて、下を向いていた顔を上げて景之亮の方に向いたが、景之亮を見ることはできなかった。  垂らす髪を後ろで一つにまとめていた蓮の髪は結んでいた紐はどこかに行ってしまって、腰まである髪が背中を覆い、横髪は肩から頬に当てた手の上に、そして胸へと垂れた。  蓮は景之亮の差し出した手につかまろうと左手を頬から離して景之亮に伸ばすと、腕から髪が落ちた。景之亮を直視できなくて、手はどこに出したらいいかわからず宙に留まった。だから、景之亮が迷子になったような蓮の左手を取って、自分の方に引いた。  体が景之亮に傾いたのを機に、蓮は褥に寝そべった景之亮にしっかりと視線を向けた。薄暗い部屋の中に、大きな景之亮の体の線が白く浮かぶ。  蓮は右手も頬から離し、褥の上について体を支えて、景之亮の横に膝を進めた。 「おいで」  景之亮の声がした。何度もその言葉を向けられてきたが、今聞いた「おいで」は、今まで聞いた中で一番の優しい響きだった。  蓮は導かれて景之亮の隣に体を横たえる。長い髪が背中の下に敷かれないように景之亮の左手が背中に流れる髪に手を伸ばして持ち、蓮が横になるのを助けた。蓮が横になると、すぐに景之亮の両腕が蓮の体を抱いた。  これまでに何度も景之亮と抱き合ってきたというのに、今夜の抱擁は今までのどれとも違う。布を取り去って合わせた素肌はこんなにも温かく、胸は固くて厚い。そして、顔の髭と同じように胸にも剛い毛が生えており、蓮の胸にあたってくすぐったかった。  景之亮の大きな手が蓮の頬を捉えた。親指が蓮の頬を繰り返し撫ぜていたが、大きく息を吐くと同時に、蓮の体は宙を浮いた。  景之亮が仰向けになり、その胸の上に蓮を載せたのだった。  景之亮の両手が蓮の両頬を掴むと、景之亮は顔を目一杯蓮に近づけた。口を吸い合いたいのに、景之亮の唇と蓮のそれには距離があった。蓮は景之亮の胸を這い上がって、唇を合わせた。すぐに、景之亮の唇が開いて激しい接吻が続いた。  我に返ったように二人は唇を離し、抱き合っていると、景之亮が言葉を発した。 「蓮……私に手紙をくれたね……。美しい文字で私を心配してくれる気持ちを届けてくれた」  景之亮は蓮の頬を撫ぜていた右手を離すと、褥の下に指を入れて紙を取り出して見せた。 「嬉しかったよ」  景之亮は手紙を枕の上側に置くと、再び右手を蓮の体に巻き付けて抱いた。蓮も応えるように景之亮の胸に頬を埋めた。  ひんやりと冷たい蓮の体が、たぎる景之亮の体には心地よい。豊満で柔らかな蓮の体が吸い付くように景之亮の体の隙間を埋めていく。  蓮は二人で馬に乗って邸の外に遊びに行った時、人が訪れることの少ないひっそりと存在した泉のほとりで景之亮の愛撫に怖気づいた自分をずっと後悔していた。景之亮様とこうなりたかったのに。とうとうその時が来たのだ。  蓮の体が景之亮の脇へと滑り落ちた。  景之亮の手が蓮の右太腿の外側を掴んで、引き上げる。離れそうになる蓮の体を離すまいと景之亮の手足が動く。 「……景之亮…様……」  景之亮は自分の名を呼ぶその顔が見たくて、横を向いた蓮の頬に手を当てて自分の方へと向けた。 「……愛しい人……」  景之亮は蓮の体を深く抱き、放すと体を起こした。蓮の上半身を抱いて、褥の真ん中に置いた。少し褥の端に残っている足に景之亮は右手を伸ばす。蓮の揃えた足の左足首を持って、開かせその間に景之亮は自分の大きな体を入れた。景之亮の指の腹が左太腿の外側を下へと撫ぜ、膝頭の手前で内側へと入り、内側では指の背が上へと撫ぜた。蓮は驚き反射的に足を閉じようとしたが、景之亮の体があるせいで閉じられず、逆に景之亮の体が蓮の内側に近づいて両足は広がった。その体が覆いかぶさって、蓮の膝頭は上がった。  蓮……蓮……  景之亮の甘い囁きが聞こえる。蓮は心の中で景之亮の囁きに答える。  景之亮様……景之亮様……  蓮の口から艶めかしい吐息がこぼれ出る。  景之亮は蓮への欲情にしたがい、蓮に躊躇いはなかった。  まぐわいの後、蓮は景之亮の胸に手を置いて、胸毛を指の間に挟んで引っぱっては放しを繰り返した。緊張が解けたのと、景之亮の裸に慣れと親しみが出たのだった。しかし、いつの間にか止み、蓮は景之亮の腕の中で眠りに落ちたのだった。  疲れた顔のあどけない表情の蓮の寝顔を見つめていた景之亮は、引き込まれるように蓮の唇を吸うと、枕に頭を預けて目を閉じた。 
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