犬鳴峠の怪

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犬鳴峠の怪

35d81fe4-ad57-4bb7-a1bd-2ba2be91442b  深夜に単車を走らせ山口県から北九州へ。理由はないがそこから大分方面へと大きく迂回した。そして飯塚市に入った頃、男女2人組みのバイカーに出遭った。  信号待ちでピースサインを送られ、こちらも笑顔でサインを返す。  しばらくはそのまま並走、先の純喫茶で休憩を促されそこで停車する。  わざとらしいほどに昭和レトロな店内に招かれ、とりあえず同じ席に座り、同じメニューを注文した。 「こんな時間に深夜にひとり? ツーリングの帰りですか?」と声をかけてきたのは女のほう。俺はコーヒーを飲みながら首を振った。 「知り合いに会うために久留米まで行くところです」  そう答えたらでかい口にホットドックを頬張った男が女の頭に手を置いてニタりと一言。 「よかったら犬鳴き峠を一緒に抜けてみませんか? その先に見晴らしの良いステキなホテルがあるんです」  時計を見ると午前2:00。こんな時間にホテルとは奇妙な話だとは思ったがなぜか俺は乗った。  すぐさま店をあとにしバイクを走らせる。峠の手前からやけにアクセルを空ける二人組。急カーブのたびにわざとらしく腰を降るタンデムシートの女が淫らでかえって気味が悪かった。  やがて犬鳴トンネルの不気味な縁口が見え、2台は吸い込まれるように潜り込む。トンネルをくぐる途中、気が付けばなぜか女が俺のタンデムシートに乗り換えている。 「ねぇ、悪いことは言わないから、このままホテルを越えて逃げてよ」耳元で女がそう言った。よくはわからなかったが、トンネルの先のホテル駐車場に単車をよせる男を脇目に俺はアクセル全開で峠を下った。  女は俺の首元に息をふきかけ、腰にまわした指先は異様な形になり俺の腹に食い込んでくる。  このままでは女の身体と俺の身体が一つになってしまうと思った。  峠を抜けると延々と続く原っぱ。俺はカエルのように単車から飛び上がり、女ごと脇の草むらに倒れ込んだ。そして女の髪を無理矢理つかみ視線をあわせた。  見ると女には白目が無い。宇宙人のように大きな瞳、口には4本の八重歯が上下に光っていた。そして驚く俺に向かって一笑し、抵抗不可の怪力で俺に抱きつくと首筋に深い歯形を残して山道を後ろ滑りに消えていった。  茫然としたまま竦むばかりの俺。  遠くで犬の遠吠えが聴こえる。  たぶん、俺は命拾いしたんだろうな、とだけ思った。
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