二つの滝(2)

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二つの滝(2)

 二本の滝は、冬季には凍ることがあって、 それはまたそれで幻想的で美しいと信重は仙千代に教えた。  「人が造った滝を見たのは初めてでございます」  「儂は天然の滝を見たことがない」  「沢山ございますのに。美濃の山には」  「うむ、そうらしい。ギンナンは何処で見たのだ」  「まだ見ておりませぬ」  「えっ!今の流れであれば、 ギンナンは天然の滝を見たのだと誰でも思うぞ」  「若殿の思い込みでございます」  冗談なのか天然なのか、 罪のない笑顔で茶目っ気のある笑窪を見せる。 このように労なく打ち解けて語り合うことができる小姓は今まで居らず、 昨日の広小路堅三蔵(ひろこうじたてみつくら)の一件といい、 仙千代はやはり変わった奴だと信重は思った。  「そういえば……ギンナンに尋ねておきたいことがあった」  「はい」  「儀長城で、儂が心の中で餅が美味いかと訊いたら、 頷いて、両手でパクッと食べた。 何故、言葉もなく、伝わったのだ?」  仙千代は暫し宙を見、記憶の欠片を探しているようだった。  「あの日のあの時のこと、いくら思い出しても、 何も聴こえは致しませんでした。  心の声で、左様なことを仰せになっていらしたのですか?」  「うむ、言った」  「ただ、こちらを見て、にっこりしてくださったから、 餅をパクッと」  「何故、儂が笑い掛けると餅を食べるのだ」  「……それは……」  何故か答えに窮している。  「まぁ、良い。 人の行動に何でもかんでも理由があるわけではない。 それにしても謎だな。 美味いかと問い掛けたら、頷いて、そこで餅を食べた」  「息が合うのでしょうか、若殿と」  「儂とギンナンが?」  「ギンナンではございませぬ」  「いやいや、あの臭いは忘れられぬ」  「確かに……大変な臭いでございました。 なれど、それで餅つきの邪魔になってはと外へ出て、 若殿ともお話しできたのですから……良かった!」  立場も年齢も違うはずなのに、尚はっきり言えば、 こちらは主で年上なのに、 他の者が耳にすれば無礼とも言える物言いを仙千代がしても、 信重には不自然にも不敬とも感じられず、話は途切れず、 途切れて沈黙となっても互いの存在が心にあって、 信重はひどく居心地の良い時間を過ごした。  そろそろ朝餉の時刻だった。 信重と仙千代が東屋で話していると、竹丸がやって来て、 公居館に居る信長のところへ行くようにと仙千代に告げた。  信重は、「また後で」と言い、去った。  仙千代は竹丸に従って、信長の許へ向かった。          
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